1.「生まれてこなければよかった」どん底の不登校生活
我が家の小4の長男(通称ユウくん)は、生まれてから保育園時代までは育てやすいとさえ感じる子でした。
小学校に入学した頃を今思い返すと、不登校の兆候はあり、ユウくんの表情や態度にも変化が出てきていました。
そして小学1年生の6月。
「なんだかお腹が痛い。学校は行きたくない。」という、ようやく出てきた我が子からのSOSも、突然の出来事のように感じました。
私は「どうにかしなきゃ、行かせなきゃ」と必死でした。
本を読み漁ったり、ネット検索したり、学年主任の先生を含めた教育相談も受けてきましたが、どうすることが正解かわかりませんでした。
おだてたり、だましたりしながら、なんとか学校へ連れていき、毎朝をやり過ごしていました。
しかし、良くなるどころか、不登校が本格化。
「不安だから一緒に来てほしい」というユウくんの言葉を聞き、母子登校が始まりました。
仕事どころではなくなり、これはちゃんと向き合わなければいけないと思い始めた頃のことです。
自己否定が止まらず笑顔がなくなっていったユウくんに
「おれなんて生まれてこなければよかった」
と言われ、親子でどん底に落ちてしまいました。
そんな中、むらかみりりかさんの記事が目に留まったのです。
「ぼくなんて、いないほうがよかったんだね」
息子さんにそう言われたというむらかみさんに自分を重ね、その子が繊細さを強みに変え、自分らしく成長している姿に希望を見出しました。
「この人のもとで変われるかもしれない。変わりたい!」
その一心で、学ぶことを決めました。
実は、このときの私たち親子のストーリーは、むらかみりりかさんの著書『HSC繊細な子の育て方がわかる!ペアレントトレーニング』にも掲載されています。
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2.学校へ行かせるより先に、私が変えたこと
私は長年勤めたフルタイムの仕事を諦め、母子登校に専念しました。
当時の私は、それ以外の選択肢を考えられないほど、「どうにかこの子を立て直さなきゃ」と必死でした。
そして必死に学び始めたのが、脳科学・心理学・教育学をベースにした発達科学コミュニケーションの学びでした。
家庭での関わり方や日常の声かけに目を向けていく視点に触れたことで、私自身の受け止め方が少しずつ変わっていきました。
①ありのままの我が子を受け止め肯定する
まずはユウくんの心を回復することが必要だと感じた私は、ありのままの姿を肯定していきました。
朝起きてきたら、「ユウくん、おはよう」
服を着たら「その服にしたんだね、似合ってる!」
ご飯を食べたら「食べてくれてありがとう」
当たり前だと思っていたことも、笑顔でおだやかに無条件の肯定をしていきました。
すると次第に自己否定することがなくなり、ユウくんは安心を取り戻していきました。
我が子とどう関わってきたのかは、こちらの記事からも読むことができます。

②ママが人生を楽しむ
この頃は、子どもの機嫌や体調、タイミングに合わせて、私にできることは何か?など、子どものことばかり考えていました。
子どもの気持ちは大切にできたけど、私の気持ちはどこかへ置き去りにしていました。
ようやくそこに気づいた私は、私は私で楽しもうと決めました。
母である私自身が、好きなことを楽しむようになっていったのです。

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3.子どもを見続けるのをやめたら、親子が動き始めた
付き添い授業では、私の好きな本を読んで過ごしました。
ショッピングやカフェ巡りなど、自分の好きなことを楽しむ時間を作り、自分自身も大切にすることで、少しずつ心に余裕が生まれました。
学校の読み聞かせボランティアにも参加し、母子登校するママではなく、一人の大人として学校と関わるようになりました。
それから、PTAにも参加するようになり、学校が「頑張って行く場所」から「人とつながれる場所」へと変わっていきました。
3年生の3月、学校で私が離れられる時間が増えた頃、思い切って仕事を始めました。
短時間の仕事でしたが、私に自由とやりがいを与えてくれました。
自分の好きなことに夢中になってくると、子どものことが気にならなくなっていきました。
そして、そんな私を見て子どもは変わって行きました。
今では毎日一人で登校しています。
一日の全てを教室で過ごせるわけではありませんが、一人で登校できるようになったこと以上に、私にとってうれしい変化があります。
「何時から登校する」「この授業には出る」と、自分で考え、選び、決めるようになったことです。
苦手だった学年集会や学年行事に参加する。
集合写真に加わる。
友だちと遊ぶ約束を楽しみに「朝から行く」と決める。
秋にある運動会を楽しみにする。
どれも小さなようで大きな一歩を、今も日々積み重ねています。
安心できる場所になると、子どもは自分から人とつながろうとします。
「行かせる」ことよりも、安心して自分の力を発揮できる土台をつくること。
それが、子どもの一歩につながるのだと、この3年間で感じました。

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4.「ママ、ありがとう」3年間の母子登校の意味が変わった日
そんなある日のこと。
「おれが学校行けない時さ、ママ仕事辞めて一緒に行ってくれてありがとう。あの時ママが一緒に行ってくれたから、おれ今は一人でも行けるようになったからさ。ありがとう。」
といきなり言ってきたんです。
噛み締めながら、一人隠れて泣きました。
今までの記憶がよみがえり、その日の夜はなかなか眠れなかったです。
これまで少しずつでも安心や自信を積み重ねてこられたのだ、やってきたことは無駄じゃなかったんだ、と思うことができました。
今では「将来は科学者になりたい」と夢を語り、お祭りにはママではなく友だちと行くようになりました。
現在のココロファインダーを比べてみると、3年間の変化がはっきりと表れていました。
【どん底の不登校時代】

【現在小学4年生のユウくん】

いつか抜け出せる日がくると、遠い昔に誰かが言いました。
その時は信じられなかったけど、それは本当でした。
あの頃は、今日の付き添いがいつ終わるのかさえわかりませんでした。
それでも、目の前の一日で積み重ねた安心が、3年後の「自分で行く」につながっていました。

5.一人で登校するよりうれしかった、“自分で決める子”になった今
4年生1学期の終業式の日。
ユウくんの帰りを校門で待ちました。
5~10分程度なのに、汗だくになりました。
よくこんな中、母子登校頑張ったなぁと思いました。
それも一日中。それを丸3年。
暑い日も寒い日も雨の日も。
校門で「やっぱり帰る」と引き返した日も。
一度帰って、「やっぱりまた行く」となり、何往復もした日もありました。
一日中、図書室だった日も。
一日中、廊下だった日も。
一日中、教室だった日も。
ママ友とのランチに憧れながら、廊下でおにぎりを食べた日も。
本当によく頑張りました。
ユウくんも私も。
いつまで続くかわからずに不安で逃げたくなる日もありました。
それでも無駄じゃなかったのです。
安心を積み重ねた時間は、すぐに結果が見えなくても、子どもの中に確実に残っています。
「あの日々があるから、今がある。」
そう思えた4年目の終業式でした。
母子登校を卒業したのは、ユウくんだけではありません。
私自身も、不安でいっぱいだったあの日々から、一歩踏み出せたのだと思います。

繊細な子の母子登校についてよくある質問
Q1. 繊細な子の母子登校が長く続いていても、一人で登校できるようになりますか?
A. 安心を積み重ねることで、子どもが自分で登校を決め、一人で学校へ行けるようになった例があります。
母子登校中は、いつ終わるのかわからず不安になることもありますが、目の前の一日で積み重ねた安心が、3年後の「自分で行く」につながりました。
Q2. 母子登校をしている繊細な子には、まず何をしてあげればいいですか?
A. まずは、ありのままの子どもの姿を肯定し、安心を取り戻せるように関わることです。
朝起きたら「おはよう」、服を着たら「その服にしたんだね、似合ってる!」、ご飯を食べたら「食べてくれてありがとう」と、当たり前だと思っていたことも笑顔でおだやかに無条件に肯定していきました。
Q3. 母子登校中、子どものことばかり気にしてしまうときはどうしたらいいですか?
A. 子どものことだけを考えるのではなく、ママ自身も好きなことを楽しむ時間をつくることです。
ショッピングやカフェ巡り、自分の好きな本を読むこと、読み聞かせボランティアやPTAへの参加など、自分自身を大切にすることで少しずつ心に余裕が生まれました。
Q4. 母子登校を続けながら、子どもが自分で考えて行動するようになることはありますか?
A. 自分で考え、選び、決めるようになった変化がありました。
「何時から登校する」「この授業には出る」と自分で決めたり、苦手だった学年集会や学年行事に参加したり、友だちと遊ぶ約束を楽しみに「朝から行く」と決めたりするようになりました。
Q5. 母子登校で積み重ねた安心は、すぐに変化が見えなくても意味がありますか?
A. すぐに結果が見えなくても、安心を積み重ねた時間は子どもの中に残っていました。
一日中図書室や廊下で過ごした日、校門で「やっぱり帰る」と引き返した日などもありましたが、その日々を重ねた先に「自分で行く」という変化がありました。
Q6. 母子登校を卒業するとき、子どもにとって大切なのは一人で登校できることだけですか?
A. 一人で登校できること以上に、自分で考え、選び、決められるようになったことが大きな変化でした。
現在は一人で登校するだけでなく、学校にいつから行くか、どの授業に出るかを自分で決めたり、友だちと遊ぶことや行事を楽しみにしたりする姿が見られています。

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執筆者:つぼうちひろみ
発達科学コミュニケーション






