さて今日は
「「記憶は何度でも上書きできる」
愛犬が教えてくれた、
についてのお話です。
実はこの一週間、
わが家にとって大きな
出来事がありました。
保護犬として我が家に来て
6年という月日を共に歩んできた
愛犬(13歳)が、静かに旅立ちました。
悲しみの中で、
私は改めて「記憶」と「言葉」の関係に
ついて深く考えていました。
今日は、私自身の経験を通して、
私たちが子どもたちに手渡せる
「
お話しさせてください。
事実はひとつ、
でも「真実」は言葉で変えられる
愛犬の死に直面したとき、
見せました。
ショックで泣きじゃくる次女の姿、
淡々とロジカルに死を
受け止めようとする長男の姿、
「死」という事実は変えられません。
でも、その経験を
子どもたちの脳にどう刻むか…
それは、
「言葉」ひとつで、
「死んでしまった。悲しいね、寂しいね」
で終わらせることもできます。
けれど、モノの見方とらえ方は
その子の今後の人生に大きく
影響します。
泣きじゃくる次女に
長男はこういいました。
「あの時、命を救ってあげて、
6年間本当に幸せだった。
できることは全部したし、
楽しい経験もたくさんした。
生きる者には必ず終わりは来る。
その間、懸命に時間を共にして
天寿を全うした。
さみしいけど、悲しむことはなにも
ないんだよ。」
そういってある1冊の本を
差し出してくれました。
「虹の戦士
ーWarriors of the Rainbow-」

私は一気に読みました。
インディアンの死生観について
ある少年と老婆のやりとりをとおして
かかれている本でした。
そうやって視点を変え、
言葉を添えることで、
次女の脳内の記憶は
「失ったショック」
「愛し、愛されたという確かな自信」
「そして、命は終わったのではない、
生き続けているというとらえ方」
へと意味づけを変えていきます。
記憶は、
過去のデータではなく、
書き換えることができるのです。
起立性調節障害や
不安で動けないお子さんのことで
悩むママたちへ
今、朝起きられない、
学校に行けないお子さんを前に、
「私の育て方のせいで
こうなったんじゃないか」
「あのとき、もっとああしていれば……」
そんな、
苦しい過去の記憶に縛られて、
あるいは、
お子さん自身が
「学校に行けないダメな自分」
閉じ込められてはいませんか?
大丈夫です。
記憶は、今この瞬間からの
「意味づけ」で上書きできます。
「行けなかった」という事実に、
「
エネルギーを充電している時間なん
という新しい意味を
つけてあげてください。
「暴言を吐かれた」という辛い記憶に、
「
すぐには信じられなくてもいい。
でも、
お母さんが発する言葉が変われば、
やがてお子さん自身が持つ
「
書き換わっていきます。
過去の記憶は、
今の言葉で、
いくらでも輝かせることができる。
愛犬が命をかけて教えてくれたこの
「言葉の力」を信じて、
創り変えていきたいと思っています。

一歩ずつ、一緒に進んでいきましょう。
皆さまの今日が、
温かい言葉で満たされる
一日でありますように。
今日はここまでです。


