「なわとび、跳べた!」~ママのジュエルストーリー~

長女は小学生になっても
なわとびが跳べませんでした。

入学時はまだ病気の治療中で
入学式も病院から出席し、
4月末にやっと登校初日を迎えました。

 

空っぽのランドセルを背負っても
後ろにひっくり返る。

バギーや車椅子、装具もつけ、
リハビリもまめに通って…

 

そんな生活をずっと送っていたので
正直諦めていたし、
みんなと同じ授業内容なんて考えてませんでしたし、むしろなわとびに代わる、何かで
体力作りが出来たらいいな…と思っていましたが、

 

小2からの担当の支援の先生は違い、
みんなと同じ事をさせようとされていました。

 

当時でも脳腫瘍の治療の後遺症で、
体幹失調、左側麻痺、重度の斜視もあり、
なかなか難しいだろうなと思っていたし、

 

逆に無理をさせて骨折やリハビリが
出来なくなったりするリスクの方を
心配していました。

 

小4から3つ下の妹とリハビリにもなるから…と、
トランポリンを習い始めました。

すると、暫くしてトランポリンの上でなら
なわとびが跳べるようになりました。

この時はさすがに驚き、
それでも嬉しくて主治医の先生や身内、担任の先生、リハビリの先生、療育の先生、等、沢山の方々に報告しました。

 

主治医の先生からは

『この病気でこの身体のレベルの子が
跳べたなんて初めて聞いたよ!』

そう言われて本当に感激でした。

 

リハビリの先生からも習って4回目で
『筋肉のつきかたが変わってきたみたいだよ』
と言われて、

何より本人も楽しんで参加出来る
トランポリン、遠くても習わせてよかった!
と思いました。

 

そしてもうすぐ小5に進級近くなった寒い頃、
みんなと同じなわとびが辛うじて
跳べるようになりました!

担任の先生の方が喜びで興奮して
私に連絡を下さいました!

本人ももちろん嬉しかったのは
間違いありませんが、それ以上に、
彼女がなわとびを跳べた事で、
担任の先生と私自身が、
やっと同じ目的を持って、
みんなで同じ方向を向いて、
その連携プレーがうまくいけたような気がして、
一緒に心から喜べる事が一番大きかったと思います。

 

先生の跳ばせたい想い、
跳ぶ前にけがなくやる為に、
こちらではリハビリの先生と相談したり、
伝達を頑張って、
この成功体験が出来た事は、
本人にも周りの大人にも大きな喜びを与えてくれたと思っています。

 

あの頃の私へ。

周りに同じような障害の子が誰もいなくて、
手探りながらたくさん頑張ってきたあしあとは、
ちゃんと残せているよ。

がんばりやの娘と周りに感謝をしながら、
楽しい気持ちをたくさん作ろうね!

▼お薬に頼らずわが子を成長させると決めたママはClick!▼
▼親子で自信をつけたい!と願うママのためのメール講座はこちらから▼
この記事を書いた人
森博子

医師・小児科専門医・子どもの心相談医
児童相談所嘱託医/熊本市教育行政審議員(2023~2025)
親子のミカタオンラインクリニック院長

熊本大学大学院医学教育部修了。大学病院勤務時代は新生児を専門とし新生児集中治療室(NICU)にて勤務。長男の発達障害診断をきっかけにクリニック勤務医となる。2020年より発達科学コミュニケーショントレーナーとして活動。2022年に親子の未来を創る発達診断「ママカルテ」を開発、同年12月に熊本で初めての発達診断専門オンラインクリニックを開院、国内・国外からの親子の発達相談に従事する傍ら、保護者向け・専門家向け研修や講演講師活動も行っている。

森博子をフォローする
ジュエルストーリー
シェアする
タイトルとURLをコピーしました