『もう手は尽くした』と感じたママへ ― 今は、次のフェーズかもしれません ―

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小学生になるのに続く癇癪。「もうやれることは全部やった」と感じているママへ

子どもの癇癪や学校でのトラブルに悩み、
病院、検査、療育、薬、運動療法、通級…。

できることは一通りやってきた。

それでも困りごとが続くと、
ふと、こんな気持ちが浮かぶことはありませんか。

「ここまでやってもダメなら、
 もうダメなのかもしれない」

多くのママが、
悩みの中でまず「検索」をします。

「もう小学生なのに、
 こんなに怒っていて大丈夫?」

「何か、もっといい方法が
 あるんじゃないか」

そうして調べ、専門家につながり、
それでも変わらない現実に直面した時
希望より先に
「限界」という言葉が浮かぶことがあります。

病院や療育に託してきた時間は、間違いではない

私自身も、
かつて同じ場所に立っていました。

病院や療育に行けば
なんとかなるのではないか。
そう信じて、一生懸命
専門家に託していた時期があります。

当時は
「専門家に任せるしかない」
そう思っていました。

私の関わりでは
どうにもならない。
だから、外に答えを求めた。

それは、
逃げでも甘えでもなく、
必死だったからこその選択でした。

専門家が入れない「日常の時間」が残る

けれど、
専門家に託しても、
日常はそのまま残りました。

朝の支度。
学校から帰ってきたあとの時間。
うまくいかなかった日の夜。

その日常の中で、
あるときふと、こう感じたのです。

「この日常には、
お医者さんも心理士さんも
常に立ち会えるわけじゃない。
ここは、私が立つフェーズなんだ」

専門家が担う役割と、
日常の中でしか育たない役割は、
そもそも違います。

評価すること。
助言すること。
一定時間、関わること。

それらは専門家だからこそできること。

一方で、
癇癪が起きる少し前。
気持ちが崩れそうな瞬間。
崩れたあとに立て直そうとする時間。

ここは、日常を共にしている人しか
立ち会えない場所です。

今は、ママに戻ってくるフェーズ

もし今、
「もう手は尽くした」と感じているなら、
それは行き止まりではなく、

フェーズが変わったサイン
なのかもしれません。

ここから先は、
何か新しい方法を
付け足す必要はありません。

もうすでに一緒にいる
ママの声、ママの関わりが、
力を持つ段階に
入っている可能性があります。

専門家に託してきた時間があるからこそ、
今、ママにしかできないフェーズに
来ている。

もし今、
少しだけ見える景色が変わったなら、
それだけで十分です。

 

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