さて今日は、
「行けた日の翌日に崩れる子は、
後退しているわけではない」
というお話です。
※昨日まで募集のセミナーは満員御礼です。ありがとうございます。
お子さんにこんなご様子があると
ママは期待を膨らませます。
昨日は学校に行けた。
少し笑顔もあった。
帰ってきてからも、
思ったより穏やかだった。
ママの心に、
ふっと希望が灯る。

「このまま、少しずつ戻れる
かもしれない」
そう思った翌朝。
起きてこない。
不機嫌になる。
学校の話をした瞬間、固まる。
その姿を見ると、
胸がぎゅっと苦しくなりますよね。
「昨日行けたのに、なんで?」
「また戻っちゃったの?」
「私の対応が悪かった?」
だけど、ここで
知っておいてほしいことがあります。
行けた翌日に崩れる子は、
後退しているわけではありません。
むしろ、
その子の脳と体が
“昨日の挑戦”を処理している途中。
学校に行く。
たったそれだけに見えても、
不安が強い子や、
起立性調節障害の子にとっては、
ものすごく大きな挑戦です。
朝起きる。
制服を着る。
家を出る。
人に会う。
教室に入る。
周りの目を感じる。
その一つひとつに、
脳も自律神経もエネルギーを使います。
だから翌日に崩れるのは、
「やる気がなくなった」のではなく、
それだけ本気で頑張った証拠
ということなのです。
ここでママに必要なのは、
行けた=回復
行けない=後退
と決めつけないこと。
大事なのは、
これはブレーキなのか。
それとも成長の反動なのか。
を見立てることです。
もし、疲れていても本人の中に
「昨日は行けた」
「次は午後からなら行けるかも」
「少しならやってみようかな」
そんな小さな言葉や表情が
残っているなら、
それは成長の芽です。
一方で、
行ったあとに眠れない。
暴言や体調悪化が強くなる。
学校の話だけで強く固まる。
そんなときは、
まだ負荷が大きすぎるサインかも
しれません。

ここを見立てられるようになると、
ママの声かけは変わります。
「昨日行けたんだから、
今日も行きなさい」
ではなく、
「昨日、かなり頑張ったんだね」
「今日は体が回復したがっている
のかもね」
「次に動くなら、どのくらいなら
できそう?」
と、子どもが自分の状態を知る会話に
変わっていきます。
私は、この瞬間が
本当に大事だと思っています。
子どもが
「できない自分」で終わるのではなく、
「あれ?自分にもできる日がある」
「少しなら、また動けるかもしれない」
と、自分の中にある力を
もう一度信じ始める瞬間だからです。
ママが見方を変えると、
その崩れは“失敗”ではなくなります。
未来につながるデータになるんです。
そして、
そのデータをもとに、
親子で次の一歩を作れるようになります。
不登校や起立性調節障害の回復は、
一直線ではありません。
行ける日があって、
崩れる日がある。
笑える日があって、
固まる日がある。
だけどその揺れの中で、
子どもは少しずつ
「自分で考え、選び、動き出す力」
を取り戻していきます。
だから、
行けた日の翌日に崩れても、
後退と決めつけなくていい。
その子の中では、
もうたしかな次の力が育ち始めているかも
しれません。
明日はこの、
「ブレーキなのか、成長なのか」
という見立てについて、
もう少し踏み込んでお話ししますね。
今日はここまでです。


