「行けた・行けなかった」より大事。お盆に育つ“自分で決める力”

朝起きられない

さて今日は

 

「「行けた・行けなかった」より大事。

お盆に育つ“自分で決める力”」

 

というお話です。

 

お盆になると、

「今年は親戚の集まり、

行けるかな……」

そんなことが

頭をよぎるママもいるかもしれません。

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久しぶりに会う

おじいちゃん、おばあちゃん、

叔父さん、叔母さん。

学校にいっているいとこたち。

 

みんな悪気はないのだけれど、

「学校、行けてるの?」

「朝はちゃんと起きてる?」

「受験、大丈夫なの?」

そんな一言が飛んでくるたび、

 

子どもの表情を横目で見ながら、

「それ、聞かないで……」

と、胸がヒヤッとする。

 

だから、

「無理に行かせない方がいい?」

「でも、ずっと避けていて大丈夫?」

「親戚付き合いもあるし……」

ママの方が

答えを探してしまうこともありますよね。

 

けれど私は、

こんなときほど、

「親戚の集まりに行けたかどうか」

だけで成長を見ないでほしい

と思っています。

 

なぜなら、

起立性調節障害や不登校から

回復していく途中の子にとって、

 

大切なのは、

「みんなと同じようにできること」

ではないからです。

 

たとえば、

「最初から行く」

「途中からなら行ってみる」

「ご飯だけ参加する」

「疲れたら帰る」

「今回は行かない」

いろんな選択があります。

 

ここで育てたいのは、

親が

「行きなさい」

「無理しなくていいよ」

と正解を決めてあげることではなく、

 

子ども自身が、

「自分はどうしたい?」

「今の自分なら、

どこまでならできそう?」

と考えること。

 

実はここに、

回復してきた子の

とても大事な成長の種があります。

 

自分の体調を感じる。

不安の大きさを知る。

今の自分にできそうなことを考える。

やってみる。

無理なら途中で変える。

そして、

自分の気持ちを人に伝える。

 

これは全部、

これから先、

学校に戻るときにも、

受験をするときにも、

友達との付き合いにも、

社会に出てからも必要になる、

「自分で自分を調整する力」

なんです。

 

だから私は、

親戚の集まりから帰ってきたとき、

「ちゃんと挨拶できたね」

「最後までいられたね」

だけではなく、

 

こんなところを

言葉にしてあげてほしいと思っています。

 

「行ってみるって、

自分で決めたんだね」

「疲れたって言えたね」

「今日はここまでって、

自分で決められたね」

「途中からなら行けるって

考えたんだね」

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私たち大人はつい、

“どこまでできたか”を見ます。

 

だけど、

起立性調節障害や不登校から

回復していく子どもたちにとっては、

 

その手前にある、

“自分で考えられた”

“自分で選べた”

“自分で調整できた”

 

ここに、

次の成長につながる芽があります。

 

親戚の集まりは、

「みんなと同じようにできるか」

を試す場所ではありません。

 

見方を変えれば、

不安がある中でも、

自分の状態を知り、

考え、

選び、

動いてみる。

 

そんな

「これから自分の人生を

自分で動かしていく力」

を育てる練習の場にもできます。

 

もちろん、「行かない」選択肢も

おおいにありです。

 

今年のお盆。

 

「行けた・行けなかった」

だけではなく、

 

ぜひ、

その子が自分で考えた瞬間

を見つけてみてください。

 

そこに、

次の一歩につながる

小さな成長の種が

隠れているかもしれません。

 

今日はここまでです。

 

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