さて今日は
「行かなくなったお子さんを
どう肯定するの?」
というお話です。
「わが子の良いところなんて、
1ミリも見つからない」
「今の状態の、
どこを肯定しろというの?」
不登校の渦中にいるお母様から、
そんな悲鳴のようなお声をいただくことが
あります。
朝、起きてこない。
一日中、スマホを離さない。
話しかけても無視、あるいは暴言。
そんなわが子を前に
「肯定しましょう」なんて、
綺麗事にしか聞こえませんよね。
でも、脳科学の視点から見る
「肯定」は、決して褒めることでも、
現状を認めて甘やかすことでも
ありません。
今日は、多くの親御さんが誤解している
「肯定の真髄」をお伝えします。
①肯定とは「評価」ではなく
「生存の確認」
私たちは無意識に、
子どもを「条件」で評価しています。
-
学校へ行ったから、プラス。
-
勉強したから、プラス。
-
手伝いをしたから、プラス。
この「足し算の思考」でいる限り、
動けないお子さんは「マイナスの塊」に
しか見えません。
しかし、脳科学における肯定の真髄は
「ありのままの在り方」にあります。
「ああ、今日は目が開いたね」
「リビングまで来られたね」
「お味噌汁、一口飲んだね」
これは、褒めているのではありません。
「あなたの存在が、
私の視界に正しく入っていますよ」
「どんな状態でも受け入れますよ。」
というサインを送っているだけです。

脳の火災報知器(扁桃体)が
暴走しているお子さんにとって、
親からの評価(褒め言葉や叱咤)は
すべて「刺激」であり「攻撃」に
なり得ます。
でも、淡々とした「あり方」の肯定
だけは、
脳を刺激せずに「安心感」という
ガソリンを注ぐことができるのです。
②「否定しない」という究極の肯定
「肯定するところがない」と感じるなら、
まずは「否定を削る」ことから
始めてみてください。
「なんで起きられないの?」
「スマホばっかりして!」
これらの言葉を飲み込むだけで、
それは立派な「肯定」になります。
なぜなら、動けないお子さんの脳内は、
すでに自分自身による「自己否定」で
焼け野原になっているからです。
「自分はダメな奴だ」
「みんなは学校に行っているのに」
本人が一番自分を責めているとき、
親が「否定をしない」でいてくれること。
それだけで、お子さんの脳は
「ここは戦わなくていい場所なんだ」と
認識し、ようやく回復へのスイッチが
入ります。
③「動けない」のは、
脳がお子さんを守っている証拠
最後に、
これだけは覚えておいてください。
お子さんが動けないのは、
怠けているのでも、
あなたを困らせたいのでもありません。
脳が、これ以上傷つかないように、
強制終了(フリーズ)させて
お子さん自身を守っているのです。
「動かない」というその状態こそが、
彼らの脳が必死に生きようとしている、
今できる精一杯の防衛反応です。

その「生きようとする本能」そのものを、
まるごと受け入れる。
それが、肯定の真髄です。
今日はお子さんに
「何か良いことを言おう」としなくて
大丈夫です。
お子さんの姿が見えたら、
心の中で(あるいは独り言で)、
「あ、今水を飲んだな」
「あ、スマホを見てるな」 と、
ただの事実を、
感情を乗せずにうけとめて
みてください。
その「ジャッジしない視線」が、
お子さんの凍りついた脳を溶かす、
最初の一歩になります。
肯定の神髄とは、
プラスを探すことではありません。
「たとえ一生このままでも、
あなたの価値は1ミリも揺るがない」と、
親が絶望の先で降参することです。
その究極の開き直りこそが、
皮肉にも、子どもの脳を「再生」へと
向かわせる唯一のエネルギー源に
なります。
孤独な戦いを、
ここで終わりにしましょう。
あなたが動じない軸を持てるよう、
私はいつでも応援しています。
今日はここまでです。


