さて今日は
「息子が難関校に挑戦すると
決めたとき、わたしがやったこと」
というお話を聞いてください。
息子は中学1年生の1月に
起立性調節障害になりました。
その後の1年間は、
半年間の不登校と、
半年間の五月雨登校。
宿題はせず、テストも受けられず、
通知表もふるいませんでした。
そんな息子がある日、
この辺りでは最難関と
いわれる高校を目指すと
言ったんです。
その学校は内申点も必要です。
「5」の中に1つか2つ
「4」があるくらいの
お子さんが行ける学校。
不登校を経験し、
1年以上勉強していない息子には、
現実的にかなり厳しい挑戦でした。
以前の私なら、
「だったら、もっと勉強しなさい」
あるいは、
「今のままでは無理だから、
あきらめた方がいい」
と言っていたかもしれません。
でも、その頃の私はすでに
発達科学コミュニケーションを
学んでいました。
「勉強しなさい」と押すのも、
「現実を見てあきらめなさい」
と止めるのも、
どちらも違う気がしました。
そこで私は、
合格できるかどうかだけではなく、
この挑戦が息子にとって
どんな経験になるのかを考えました。
「もう勉強しない」
「もう学校には行かない」
そう言っていた息子が、
自分から高みを目指そうとした。
その時点で、すでに大きな変化が
始まっていたのです。
この挑戦を通して、
苦手なことに向き合う力。
うまくいかないときに立て直す力。
思い通りにならなくても、
次を考える力。
そんなものが育つかもしれない。
だから私は、
結果を急がせるのではなく、
息子の「この学校に行けなかったら
人生終わり」
このこだわりを少しゆるめながら、
挑戦を応援することにしました。
もちろん、最初から
ブランクを取り戻せたわけでも
ありません。
最初の4か月は
いくらやっても低空飛行。
諦めかけたときもありました。
それでも、クラスメイトに
何度も質問し、
あるいは得意教科はそのまま
伸ばし続けそこから約1年で
受験を迎えました。
結果は、第一志望では
ありませんでした。
けれど息子は、
別の私立高校に特別奨学生として
合格。
希望の学校には入れなかった。
どんな反応をするのか
気にしていた私をよそに
入学式の日、
息子はこう言ったんです。
「最初からこの学校がよかった」
海外からの留学生や
スポーツ特待生のほか
実に様々な科があって
いろんな人がいる自由な雰囲気や、
無駄なことに縛られない校風が、
息子には合っていたようです。
あのとき私が
「無理だからやめよう」
と止めていたら、
この出会いはなかった
かもしれません。
あるいは、
こだわりを緩めないまま、
この結果になっていたら、
息子は不本意なまま
高校生活を送っていたかも
しれないのです。
人生は、成功か失敗かの
二択ではありません。
学校に行くか、行かないか。
勉強するか、しないか。
も同じです。
目の前の出来事を二択で
決めるのではなく、
「この挑戦を通して、
わが子に何が育つだろう?」
と考えてみる。
その視点があると、
子どもを見る目も、
かける言葉も、
ママの不安も変わっていきます。
人生は、成功か失敗かの
二択じゃない。
挑戦の中で育つものが、
きっとあります。
その視点に立てるママが
もっと増えたら、
子育てがもっと楽しくなる。
日本の教育も未来も
もっともっと明るいものに
なって行く気がしてなりません。
早速今日からその一歩
踏み出してみましょう。
今日はここまでです。


