吃音が出るたびに、
ザワッとする感覚、
ないですか?
「このままで大丈夫かな?」
「学校で困らないかな?」
「この子、将来ちゃんと
生きていけるのかな?」
そう思って、
声のかけ方を調べたり、
練習を工夫したり、
少しでもどもらない方法を
探してきた方が
多いと思います。
私も娘がどもっていた時は
そうでした。
何を言いたいかというと、
そこまで必死に
考えている%LAST_NAME%さんは、
たった1人の人じゃない、
ということです。
吃音のある子を
育てているママ・パパは、
み〜んな経験している
ことです。
守りたい。
苦労させたくない。
できれば、
つまずかせたくない。
こんな気持ちは、
親であれば当たり前。
親の愛情です。
けれども、実は
吃音や会話が苦手な子には
この親の愛情が
通用しないんです。
むしろ、逆効果。
少し、たとえ話を
させてください。
転ばないようにと、
ずっと手をつないで歩く子は、
確かに転びません。
先回りして石を
どけてあげれば、
つまずくこともありません。
それは、優しさです。
愛情です。
ただ同時に、
「一人では歩けない」
という前提を、
無意識に渡していることにも
なります。
吃音も、これに
よく似ているんです。
どもらせないように
失敗させないように
先に声をかけて、整えて、守る。
その関わりが
悪いわけではありません。
ただ、ここで
ひとつだけ大切な
分かれ道があります。
吃音改善の入り口は、
どもらない子に育てること
ではないということ。
どもっても、
言葉が詰まっても、
失敗しても、
「ここから立て直せる」
「自分の人生は、
自分で進める」
その感覚を、
先に脳の奥に
育てていくことが大事
だということです。
この入り口を整えるか
どうかが、
根本解決になるかどうかの
分かれ道になります。
そのために必要なのは、
子どもを変えること
でもないんです。
まず、私たち親が
先にすることは、
親の立ち位置を、
少し変えること。
「この子、大丈夫かな」と
心配する側に立ち続けるのか。
それとも、
どもっても、転んでも、
この子はこの子の人生を
生きていける。
そう信じる側に、
立つのか。
私は、
吃音をコントロールする
ママを増やしたいわけ
ではありません。
練習し続ける親子を
増やしたいわけでも
ありません。
子どもの人生を、
「この子なら大丈夫」と
信じる側に立つ
ママ・パパを、
増やしたい。
そう思って、
この仕事をしています。
それって
ちょっぴり勇気がいる
決断かもしれません。
今日、吃音が出たら。
うまく話せなかったら。
そのとき、
すぐに何かを
直そうとする前に、
「私は今、
この子の人生を、
信じる側に立つ」
と、こっそり
胸の中で言ってみてください。
どもっていても
どもっていなくても、
生きていれば、
嫌なこともあるし、
恥ずかしい経験もします。
そんな時に、現実に
押しつぶされないように
守るた親になるのか、
それとも、
辛いことが起きても
立て直す力を育てる親に
なるのか、
その決断で
子どもへの関わりは
変わっていきます。
そして、その結果、
ことばん練習を一切
していないのに、
どもらなくなっていきます。
吃音改善は、
”どう生きるか?”
を子どもだけでなく
親子でその価値基準を
変えていくことなんです。
そんな勇気ある決断をした
ママパパが集まる
Nicotto講座は、
ママ・パパ達も
自分たちの脳を
折れない脳に育てて、
人生を切り開く姿を
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