吃音×発達凸凹キッズの吃音を減らすための「環境調整だけ」の子育てを終わらせます

どもりが多い時

 

「お風呂に入ろう」

「いやだ〜」

「そっか〜。今日はやめよう」

「ご飯にしよう」

「まだ食べたくない」

「わかった。食べたくなるまで待つね」


(お気に入りのものを
 抱えて寝ない娘。
 この日は、これらを抱えたまま
 寝ることになりました)

娘が4歳になり、

ことばが詰まって
声すら出てこない
「難発」が増えた頃、

私はこんな毎日を
送っていました。

これ以上、
吃音を増やしたくない。

苦しそうな娘を
守ってあげたい。

その一心で、

怒らない。
やりたくないことはさせない。
娘の要求に、なるべく応える。

吃音が増えそうなものを
生活から一つずつ
減らしていきました。

すると、
娘の難発は少しずつ
落ち着いていきました。

ところが、
家の中はカオスでした。

食事も、お風呂も、
寝る時間も、

すべて娘の気分で決まる。

吃音の波は落ち着いたのに、

私には、
親子の未来が
見えなくなっていました。

保育園へ迎えに行くと、

「帰ろう!」

の一言で、
すぐ自転車に乗る子がいる。

今日あったことを、
ママにスラスラ話している子もいる。

そんな親子を見るたびに、

「羨ましい……」

と思っていました。

私が欲しかった
子育ての一ページは、

私のところには
やってこない。

「吃音さえなければ」

言語聴覚士として、

吃音は娘のせいではないと
知っていた私が、

吃音への怒りや嫌悪感を
強くしていきました。

娘を守りたかった。

それなのに、

吃音を増やさないことを
最優先にするほど、

親子の生活も、
親子のやりたいことも
小さくなっていったのです。

「もう、
こんな生活は
続けられない。」

私の踏ん張りが
効かなくなったとき、

見る場所を変えました。

「もう、
吃音が増えてもいい。

これからの人生を
親子で楽しもう!」

娘に無理をさせると
決めたのではありません。

「吃音を増やさないこと」を
すべての判断基準にするのを
やめたのです。

私がやりたかったこと。

行きたかった場所。

娘が笑顔になること。

娘が夢中になること。

親子の「やりたい」を
優先するようになりました。

思いどおりにいかず、
娘が泣いた日もあります。

吃音が増えた日もあります。

そんな日は、

親子のコミュニケーションで
脳にかかっている負荷を軽くする。

落ち着いたら、

また好きなことへ戻り、
できることを増やしていく。

「守る」と「攻める」を
繰り返しました。

すると次第に、

吃音が増えても
ピークを越えたあとに
落ち着くように
なっていきました。

守るとは、

負荷をすべてなくすことではなく、

親子のコミュニケーションで
脳に余白をつくること。

攻めるとは、

無理をさせることではなく、

その子の好きや得意を使って
発達につながる
経験を増やす
ことです。

もし今、

吃音が増えるのが怖くて、

お出かけや習い事、
親子のやりたいことを
諦めかけているなら、

必要なのは
もっと我慢することでは
ありません。

吃音が増えたとき、
何を守れば落ち着くのか。

落ち着いたあと、
どこから発達を加速させるのか。

わが子の脳に合った
「攻めと守り」を
ママが知ることです。

 

タイトルとURLをコピーしました