1学期の朝、
子どもが玄関を出ていった。
「今日は学校に行けた」
その姿を見て、
ホッと胸をなで下ろした。
今日は大丈夫。
学校に慣れれば
なんとかなるかもしれない。
そう思っていたのに、
帰宅した子どもは
ランドセルを置いたまま動かない。

声をかけても返事をしない。
「連絡帳、出して。」
の声掛けにも動かない。
きょうだいの声に「うるさい!」と怒る。
「学校には行けたんだから、
連絡帳ぐらい出せるでしょ?
明日の持ち物は?」
「いつまでダラダラしているの?」
そう言うと、ますます動かなくなる。
私の接し方が悪いのかな。
家で甘やかしているからかな。
学校ではできるのに、
どうして家ではできないんだろう。
そんなふうに悩んでいるママは
少なくありません。
私がこれまで、
吃音や発達凸凹のある親子の
200件以上の実践記録を見てきて
気づいたことがあります。
それは、
学校に行けたことと、
余裕を残して
一日を過ごせたことは
同じではないということです。

学校では、
・先生の話を聞く。
・時間に合わせて行動する。
・周りの子の様子を見る。
・わからないことがあってもその場にいる。
・嫌なことがあっても気持ちを抑える。
私たちには当たり前に
見える一日にも、
子どもの脳はたくさんの力を
使っています。
特に、繊細さや
発達の特性がある子は、
周りの子と同じように
過ごしているだけで
脳の力を使い切ってしまう
ことがあります。
家に帰って動かないのは、
やる気がないからとは限りません。
持っている力を使えないほど、
脳がいっぱいいっぱいに
なっていることがあるのです。
その状態で、
「連絡帳出して」
「宿題は?」
「早くして」
と、さらに処理することが増える。
できないから叱られる。
叱られるから反発する。
反発するから、
家族からまた注意される。
すると子どもの脳には、
「今日もできなかった」
「また怒られた」
「どうせ僕はうまくできない」
というネガティブな記憶が
積み重なっていきます。
これが、私が見過ごしたくない
親子の“負の連鎖”です。
学校で力を使い切り、
家でも安心できず、
次の日を迎える。
この連鎖が続くと、
以前はできていた朝の支度が進まない。
連絡帳すら出せない。
宿題に取りかかれない。
小さなことで怒る。
好きだったことにも動き出せない。
ママには、
できていたことまで
少しずつできなくなって
いるように見えます。
そこで、もっと言い聞かせる。
もっとしっかりさせようとする。
子どもは、さらに動けなくなる。
これはママが悪いからではありません。
「学校に行けた」という結果が、
その一日を過ごすために
子どもの脳がどれだけの力を
使ったのかを見えにくく
していたのです。
本当に見たいのは、
学校に行けたかではなく、
帰宅後も、
その子がその子らしく動ける力を
残せているかどうか。

学校に行かせることが
子育てのゴールではありません。
荒れ方が強い時には、
負の連鎖を止めるために
休ませる選択が必要なこともあります。
大切なのは、
登校か欠席かを正解にする
ことではなく、
その一日が、
子どもの脳にどんな記憶を
積み重ねているかです。
みなさんのお子さんに、
以前はできていたのに、
最近できなくなっていることは
ありませんか?
叱るほど、
ますます動けなくなることは
ありませんか?
それは怠けではなく、
負の連鎖が始まっているサイン
かもしれません。
そして、この負の連鎖は
行き渋りだけの問題では
ありません。
吃音が増えることや、
発達の特性が強く表れることとも
一つの流れとして
つながっている場合があります。

