子育てに終わりはないからこそ、学び続ける場が必要
1)発達科学コミュニケーションアンバサダーになりたいと思ったきっかけはなんですか?
子育てはこれからも続いていきますし、終わりはありません。
子ども二人とも自閉症スペクトラム(ASD)ということもあり、基礎講座を受けて今の状況が改善したとしても、また一人で悩み、壁にぶつかり、不安やイライラを抱えながら過ごす人生は嫌だと感じました。
ずっと相談できる場所や仲間がほしいと思いました。
アンバサダーになれば、日々の暮らしが研究や記録となって、悩んでいる方の役に立てることに魅力を感じ、アンバサダーになろうと決めました。
仕事と家事育児に追われ、自分の気持ちも満たされず、子どもに優しくできない
2)発達科学コミュニケーションアンバサダーになる前はどんな問題がありましたか?
子どもが2歳ごろから、思い通りにならないとすぐ泣いたり怒ったりする様子がありました。
朝、泣き叫ぶ子どもを先生に引きはがしてもらいながら登園することが毎日で、保育園に行くことを嫌がることが多くありました。
年を重ねるごとに、癇癪や攻撃的な言動が悪化しました。
家庭では怒鳴り合いが続き、私も子どもも追い詰められていました。
その場しのぎで感情的に叱りながら子育てをしていました。
しかし、仕事と家事育児に追われる中で「私はなんのために生きているんだろう」

と自分の気持ちも満たされず、子どもに優しくできないことに悩んでいました。
自宅を安心できる場所にしたことで心の安定に
3)発達科学コミュニケーションアンバサダーになり、ご自身やお子さんはどう変化しましたか?
子どもは、ほとんど癇癪を起こさなくなりました。
一番のストレスとなっていた保育園との距離を調整し、自宅を安心できる場所に変えたことが良かったのだと思います。
そして子どもを肯定し、ペースを尊重した関わりを続けたことが、心の安定につながったと感じています。
発コミュを通して肯定的な関わりを意識し続けた結果、2〜3ヶ月で大きな変化を実感しました。
子どもは「困らせる子」ではなく、「不安が強く繊細な子」だと理解できるようになり、私の関わり方も、いったん受け止めて見立てを立てる関わり方に変わりました。
自分の生き方も見直し、心に余裕が生まれ、子どもにも優しくできるように
4)発達科学コミュニケーションアンバサダーになり、ご自身のライフスタイルや子育てはどう変化しましたか?
日常は大きく変わりました。
あのころ、何にあれほど悩んでいたのか、今では思い出せないほどです。

脳の仕組みや、癇癪が脳や心からのSOSであることを理解できたことで、落ち着いて子どもと向き合えるようになりました。
子どもの様子が不安定なときも、「今は脳が困っているんだ」と捉えられるため、むやみに怒らず対応できています。
もちろん今でも波はありますが、対処法や乗り越え方を知っているため、不安に振り回されることはなくなりました。
自分の生き方も見直し、心に余裕が生まれ、子どもにも優しく接することができるようになりました。
まるで歩く辞典のような人!
5)発達科学コミュニケーションアンバサダーとして、桜井ともこはどんな人ですか?
桜井先生は、とても華やかで明るい印象の方です。
話し方がとても分かりやすく、迷いがなく、「本当に癇癪で悩んでいたお母さんだったのだろうか」と思ったほどでした。
初めての面談で「絶対に大丈夫。良くなりますよ」と言っていただき、驚きました。
半信半疑ではありましたが、どんな質問にも具体的なアドバイスをくださり、まるで歩く辞典のような頼もしさを感じました。
そんな頼もしい先生とこれからも関わりが持てるのだと思うと、嬉しいです。
子どもの好きなことや得意なことを伸ばしたい!
6)発達科学コミュニケーションアンバサダ・リサーチャーとしての夢はなんですか?
子どもの好きなことや得意なことを伸ばしてあげられる母親になりたいです。

脳の発達過程や仕組みを理解し、その時々に合った一番良い関わりができるようになりたいと思っています。
そして、「怒鳴っていた私でも変われました」と過程を伝えられる記録を届けられる人になることが夢です。
執筆者:竹村りか
(Nicotto Project 発達科学コミュニケーションアンバサダー)




