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【期間限定無料公開】一歩先行く不登校から大学受験を目指す戦術!元不登校の現役大学生にお話を聞きましたー前編―

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「不登校だったら将来が心配」というマイナスイメージを払拭したいと思い、大学院進学を目指す元不登校の現役大学生にインタビューをしました。不登校時代に信頼できる大人との出会い、大学受験を目指した経緯をお伝えします!
 

【目次】

 

1.小学校は自分にとってメリットのないところ

 
 
「不登校になったら、将来が心配…」こんな風に思っている方は多いですよね。
 
 
今回は、現役大学生のK君に不登校時代のインタビューをさせていただきました。 
 
 
K君は、大学院進学を目指している大学4年生です。 とても理論的にわかりやすくお話してくれる好青年です! 
 
 
不登校=ちょっと暗い?というようなイメージとはかけ離れています。
 
 
小・中学校時代に感じていたこと、大学受験を目指すまでの経緯を包み隠さず教えていただきました。このお話を読んだ皆さんは、明るい気持ちでお子さんに向き合えるようになると思いますよ! 
 
 

―――Kくんは現在大学生ということですが、不登校になったのはいつ頃ですか?

 
 
「小さい頃から喘息で入院することも多くて、入院しなければならないから学校をお休みする機会が多かったんです。 
 
小学校2年生くらいの頃からかな、学校へ行くのが嫌になってきたんです。学校へ行かない方が楽だし、一人で病院で過ごす方が楽しかった看護師さん達も優しいし、という気持ちがありました。」 
 
 

―――入院生活はどれくらいまで続きましたか?

 
 
「最後の入院は6年生くらいで、中学から小児科じゃなくなって大人の薬になってからは入院しなくなったんですね。」 
 
 

―――退院後も学校をお休みすると言うと、親御さんや先生からは「治ったんだから行きなさい」と無理に連れて行かれるようなことはなかったですか?

 
 
「それはそんなになかったですね。」 
 
 

―――自分で不登校になっちゃったっていう感情もなかったですか?

 
 
「当時から、『行きたいけど行けない』っていうウジウジした感情じゃなくて、自分から行きたくないから行かないんだっていう考え方だったので、その考え方に関しての親との対立の方が大きかったですね。 
 
『学校は行くものだろ、何考えてるんだ、お前』と言われ、 
 
『学校行ってなんの得があるの?お父さんお母さんは、仕事に嫌々行ってもお金もらえるのに、僕は何ももらえない、メリットないじゃないか。』と対立していました。」 
 
 
 
 

―――学校が楽しくなかったのは、勉強の教え方ですか?

 
 
「そうですね、それが大きいですね。 
 
学校に行く場合のパターンとしては、11時くらいに登校してまずは保健室へ行く、給食は教室で食べて、昼休みは友達とワイワイと遊び、5時間目からまた保健室へ行って本を読む、帰りの会でひょっこり教室に戻って友達とワイワイ帰るっていうスタイルでした。」 
 
 

―――友達からは何も言われませんでしたか?

 
 
「言う人もいたけど、言われても気にならなかったし、そんな自分でも付き合ってくれる友達が数人いて、それでいいと思っていました。」 
 
 

ーーー

 
 
小さな頃から入退院を繰り返していて、学校に対して面白みを感じられなくなっていたのだそうです。
 
 
K君は、とても芯がしっかりしています。子どもの頃から自分の考えをしっかり持っていました。そのため、周りの人が自分をどう思っているか、学校へ行かないことで自分の将来はどうなってしまうのか等の不安はなかったようです。
 
 
子どもが皆同じ勉強の教わり方で十分とは限りません。
 
 
本来ならば、一人一人に合った学び方ができる学校であれば良いのです。
 
 
しかし、そうではなかった、だから行きたくなかった。
 
 
わがままと捉える人もいるかもしれませんが、私はK君が小さいながらに頑張って貫いた大事な意思表示だったのだなと感じます。
 
 
次はK君が学校へ行かないときの過ごし方について聞いていきます。 
 
 

2.学校の先生との対立

 
 

―――授業に出ていなかったということで、勉強は自分でしていたんですか?

 
 
4、5年生のときに、学校内で先生と生徒1対1で教えてくれる教室ができて、それは出ていました。大した授業せずに喋っていたんじゃないかな。勉強した記憶はないですね。」 
 
 

―――登校しない日はどんなことをしていましたか?

 
 
「家でゲームしたり本を読んだりしていました。ゲームしていたら怒られるんですけどね。」 
 
 

―――怒られて引きこもっちゃうことはなかったです?

 
 
「それはなかったですね。高校2、3年生くらいまでは、自分の部屋には趣味のものが置いてあるだけで、自分はリビングで過ごしてて、寝るのもリビングで家族で寝ていました。
 
高校生で受験勉強するときに机を買って部屋に置いて、部屋で勉強なんかもするようになりました。」 
 
 

―――いいですね。自分の意見はしっかり言って、意見が違ったとしても、親御さんと対話ができていたということですね?

 
 
「対話になっていたかどうかはわからないですけど、自分の思った『こうだ』という気持ちは絶対曲げない性格だったので、両親に対しても気持ちは正直に伝えていました。 
 
 
先生とはかなりぶつかりましたけどね。先生に対しては、信頼していなかったですね。ろくな人いなかったな。」 
 
 
 
 

―――先生達に対して思っていたのはどんなことでしたか?

 
 
「僕が自分の意見を言うと面倒くさい顔をして、はぐらかす人がほとんどだったんです。
 
中学のときは、僕の意見を聞いてくれて褒めてくれて、その上で自分の意見を言ってくれる先生もいました。
 
『言いたいことはわかるよ』と言ってくれる数人の先生は信頼することができました。」 
 
 

―――お話をじっくり聞いてくれた先生は、何年生のときですか?

 
 
「中2の担任の先生です。中1のときの先生とは、バチバチと喧嘩して、もういいやと思って全く行かなくなったんです。その喧嘩を母親も見ていて、母親も別のところ探そうと言ってくれて。 
 
そこで、フリースクールに行き始めました。でもあまり長く行かなかったんですけどね。途中で所長が変わって方針が変わってしまって。 
 
最初に通い始めた頃は、学校に行かない子達のためだから、学校とは違うべき。子ども達の個性を伸ばそうと言う方針だったんです。『中学生までは遊んでてオーケー。高校は誰でも入れるから、それまでは好きなことを見つけよう。』という感じだった。 
 
しかし、所長が変わって方針も変わり、学校へ行けない子のための学校になってしまって。休み時間が多めで、授業はやさしい感じといったような。だから、変わってからは行かなくなりました。」 
 
 
ーーー
 
 
K君は色んなことに疑問を持ち、答えを探そうとする好奇心探究心の旺盛なお子さんだったのでしょう。 
 
 
子どもが、「どうしてだろう?なんでそうなるんだろう?」と色んなことに疑問を抱くことはとても大事なことですよね。しかし、学校の先生としては、授業で教えることからはみ出した疑問に答える余裕や気持ちはなかったのかもしれませんね。
 
 
時代も変わり、これからは自ら疑問を持ち、自ら考え解決していく力を持った子どもが必要となっていきます。そんな子ども達を育てる大人の私たちも、子どもの疑問に一緒に悩み、解決していくお手伝いをできるようなスタンスでいなければならないですね。 
 
 

3.自分を理解してくれる大人との出会い

 
 

―――フリースクールも行かなくなってからはどうしていましたか?

 
 
「家でゲームをしたり、フリースクールの友達と遊んだり、オンラインでゲームしたり、家庭教師のトライの先生が来て週2日位は勉強の機会がありました。 
 
あと、ボーリングを一生懸命やっていて、そこでのコミュニティもあったし、全国大会に行ったりもしていたんですよ。 
 
中1のとき、フリースクールに入る少し前、母の勧めで心療内科に通い始めたんですね。そこの心療内科の先生には、自分の気持ち、疑問に思ったことを何でもぶつけていました。 
 
1たす1はなんで2という答えになるんだ。1たす1が3になったり4になったりすることもある。そうなったら他の計算式も崩れてくるんじゃないか。』なんて疑問をぶつけると、先生も頭を抱えていました。 
 
後々この先生が、『きっとKくんに合うから家庭教師してもらったら』と紹介してもらった家庭教師の先生がいるんです。複数の家庭教師の中から、その先生一人に絞りました。 
 
自分の疑問に対して答えを出してくれるので、勉強がしやすくなりました。 家庭教師さんは、自分の疑問に対して、「その考え面白い!僕もちょっと調べてみるよ。」と一緒に考えてくれたんです。 
 
 
 
 

―――将来のことについては、家庭教師さんと決めたんですか?

 
 
「心療内科の先生と相談しました。『K君は大学に行くのがあっていると思う。大学の教授は君みたいな疑問に喜んで答えてくれる人ばかりだ。』と言われました。そのため、大学受験に強い通信制高校に決めました。」 
 
 

ーーー

 
 
この心療内科の先生と家庭教師さんが、K君の未来に大きく影響していきます。 
 
 
お二人とも、K君の疑問に対して面倒くさがらずに、わからなければ一緒に答えを探してくれる人でした。 
 
 
不登校の子ども達を支える際、学校の先生との連携も大事かもしれませんが、子どもが本当に安心して信頼できる大人を見つけてあげる。安心できる場所を探してあげるということも大事なサポートの一つになりますね。 
 
 

4.自由なスタイルを貫けた通信制高校時代

 
 

―――K君が行った通信制高校の受験は試験はありましたか?

 
 
「親子で面接して軽く雑談して受かった感じです。」 
 
 

―――高校は通学するタイプですか?

 
 
「通学するタイプの通信制高校でした。サポート校っていうジャンルの高校で、年に何回かレポート書いて提出し、スクーリングに出席し、1年の終わりに試験を受けて進級します。 
 
レポートの解説をサポート校で聞けるんですね。スクーリングの打ち合わせもできて、登校すると顔馴染みもできてスクーリングが行きやすくなるんです。 
 
登校するのは強制ではないです。1年生のときは通学していました。 1日に1週間分の授業が決まっているので、自分に必要な授業がある日だけ行っていました。週に4〜5日、1日2時間だけとかいうこともありましたね。」 
 
 

―――それまで学校へ行く機会が少なくて、行くのが面倒だという気持ちは出なかったですか?

 
 
「ありましたけど、通信制高校は行かなくてもいいから、気楽にやっていました。」 
 
 

―――勉強の方は、わからないということもなかったですか?

 
 
「わからないこともありましたけど、小中学校の勉強って大した内容ではないんですよね。受験を本気でやるってなるときに、勉強に慣れていなかったので、やり方がわからないっていうことはありましたが、わからなければ調べたりで、勉強は取り戻せましたよ。」 
 
 

―――通信制高校は自分に合っていたと思いますか?

 
 
「合ってましたね。先生達がプロなので、学校に来れない子達が前提という感じで慣れてやってくれた。高校にはいろんな人がいました。大人や障害のある人など色々です。 
 
学校を休むと電話で説明や連絡をしてくれたし、無理に来いとは言わないのでよかったです。」 
 
 
 
 

―――高校生として過ごす中で、自分自身で「よし!大学行こう」という気持ちになったのはいつ頃ですか?

 
 
「高校2年生の夏過ぎあたりから、進路のことを考え始めたのかな。家庭教師さんからも『大学に行った方がいい。K君は絶対大学を楽しめる』と言われました。 
 
だけど、自分ではピンと来ないんですよね、大学に行ったことないし、授業も90分もあるし。 
 
家庭教師さんに、更に『教授は変な人が多い、まともじゃない人が多い、K君のようなぶっ飛んだ考えを持っている人を心待ちにしているんだ。』と言われて気になり始めたんですね。
 
心療内科の先生にも勧められていたし、『絶対面白い』って、2人に言われて、高校3年になってちょっとたってくらいに決めました。 
 
親じゃなくて、信頼している大人2人から絶対おすすめと言われて心が動いたんですよね。 家庭教師さんは、大学に入ってからも勉強のバックアップしてくれると言ってくれて、受験勉強を始めました。」 
 
 
ーーー
 
 
不登校の子どもにとって通いやすい通信制高校は、必ず通わなくてはというプレッシャーもなく、先生達のサポートも手厚いため、無理せず学びを続けられそうだということがわかります。 
 
 
小中学校で不登校だと勉強が遅れてしまう、通信制高校に入学しても勉強がわからないんじゃないかと不安に思うこともあるでしょう。しかし、遅れているのは我が子だけではないと割り切りましょう。
 
 
できていないことにとらわれずに、K君のようにわからなければ調べる、先生に聞くなどしていけば十分間に合うようですよ。 
 
 
先生への聞き方を相談したり、調べ方を教えてあげたりするなどのサポートは必要になりますね。
 
 

5.不登校からの大学受験に成功!

 
 

―――受験勉強は大変でした?

 
 
「大変でしたね。代ゼミのオンラインの授業を受けに行って、家では家庭教師さんに来てもらって、高校には授業を受けにじゃなくて勉強でわからないことを先生に教えてもらうために行っていました。
 
『代ゼミのテキストの、ここわからないんですけど教えてください。』と言って高校で解き方を教えてもらって。3つの場所を臨機応変に利用してやっていました。」 
 
 

―――それはいいですね!大学受験の際、試験の不安はなかったですか?

 
 
「不安はありましたけどね、ゼロではない。ただ、浪人している人もいるし。割と気楽にできた気がします。僕はたいてい試験の前日は緊張するけど、本番は割と淡々とできるタイプです。」
 
 

―――大学や受験する学部を決めるときはどう決めましたか?

 
 
「小学3、4年の頃、『なんで学校の先生ってこんなに子どもの話を聞かないんだ?融通がきかないんだ?』と思っていて。 
 
養護教諭の先生やカウンセラーの先生が味方になって担任の先生にぶつけてくれた。 
 
そういう先生いいな。臨床心理士になりたいな。 
 
自分のような考え方の子どもの気持ちを受け止めて、学校を改善できたらいいなと考えていたんです。 
 
第一希望は心理系の科目があるところ、心理学の勉強ができて、臨床心理士になるための大学院もある大学。あとは家から近いところ。割と近くに希望に合う大学がありました。」 
 
 
 
 

ーーー

 
 
なんと、高校3年生のときにはほとんど授業のために高校へ通学することはなかったそうです。大学受験のための勉強に集中できたのは、通信制高校ならではなのではないでしょうか。 
 
 
子どもが不登校になると、将来の仕事の選択肢が少なくなってしまうんじゃないかと心う配する親御さんも多いかもしれません。 
 
 
K君は自分が小中学生時代に困っていた場面で話を聞いてくれて、助けてくれた大人のようになりたいと臨床心理士を目指します。 
 
 
学校や先生に対して反感を持たずに不登校となっていなかったら、目指すことはなかったかもしれません。悩んだり、考えたりした中で信頼する大人に出会い、「あんな人になりたい」という希望が生まれるのですね。 
 
 
不登校のお子さんを育てるお父さん、お母さん。 
 
 
不登校で将来が心配だから学校へ戻さなきゃ、みんなから勉強が遅れてしまうから家で勉強させなくてはと焦ってしまうことはありませんか? 
 
 
勉強も大事ですが、勉強よりも大事なことは、何のために勉強するのか、どんな大人になりたいのかをゆっくりと考えることです。
 
 
中学生までは学校の選択肢は少ないですが、その後は通信制高校定時制高校高校卒業認定試験など、子ども達が社会へ出ていくために必要な学校や精度は増えてきています。 
 
 
子どもがどんなことで喜ぶのか、楽しめるのかをよく観察し、『この子は不登校という経験を積んでいるんだ』と、子どもの生き方を肯定してあげることがまず必要ですよ。 
 
 
さて、次回はK君が大学に入学してからの経緯や、元不登校児のメリットを教えていただきます!ポジティブに子どもの成長を見守る視点が満載ですので、ぜひ読んでくださいね。 
 
 
 
 
不登校を経験した小学生の女の子が、不登校になったときのリアルな気持ちをインタビューで答えてくれています。こちらもどうぞご覧ください。
 
 
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執筆者:すずき真菜
(発達科学コミュニケーションリサーチャー)

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