発達障害の息子のために学ぶ!エアロビインストラクターの姉が高校から不登校となった理由ー前編ー

私の姉は勉強や生活面で両親から怒られ続け、高校で不登校に。発コミュに出会う前の私は、昔の姉と発達障害ADHDタイプの息子の反抗的な姿を重ねて、焦りを感じていました。そこで現在は得意を仕事とする姉に怒られていた当時の感情をインタビューします!
 

【目次】

 

1.発達障害ADHDタイプの息子と重なった姉の姿

 
 
私が発達科学コミュニケーション(発コミュ)に出会ったとき、軽度の発達障害・注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断された息子の癇癪がひどくて悩んでいました。
 
 
そして、非行に走った私の姉の子どもの頃と息子の姿が重なり、「この子も、非行など2次障害になってしまうかも」と不安を感じていました。
 
 
そこで、息子の先行く先輩として、姉にインタビューをし、発達障害の息子の将来を考えるヒントを得たいと考えました。
 
 
私は3姉妹の末っ子(長女8歳差、次女6歳差)、両親と祖母の6人家族。
 
 
母は家事や仕事、そして兼業農家だったので農作業に忙しく、私たち姉妹の子育ては、主に祖母が行っていました。
 
 
父は当時、交代制勤務で夜勤もある仕事と農作業をする日々。
 
 
そして、私の両親は、何事も一生懸命になるタイプです。
 
 
今回インタビューした2番目の姉は、明るく元気で話好き。子どものころは、家の大屋根に登るのが好きなおてんばタイプ。
 
 
昔の姉は勉強や生活態度で、両親にはいつも怒られ、泣いて反抗していたのを覚えています。
 
 
でも、妹の私には優しく、私の自転車練習に付き合ってくれるなど面倒見がよい姉でした。
 
 
しかし、両親に怒られ続けた姉は、小学校高学年のころから反抗的な態度がひどくなり、中学2年生ごろから荒れ始め、高校で不登校になり中退することに。
 
 
現在は、明るい家族に囲まれて、エアロビインストラクターとして自分の好きなことを仕事にしています。
 
 
 
 
今回のインタビュー前編では、幼児期から怒られ続け非行に走り、高校で不登校になった当時の姉の気持ちを聞いていきます。
 
 

2.幼児期から怒られていた姉

 
 
ここからは、姉妹の会話形式でお伝えします。
 
 
私:筆者
ちい姉ちゃん:筆者の2番目の姉
 
 

―――まずは、私が生まれる前の6年間のちい姉ちゃんの様子を聞こうかな。

 
 
「お母さんが大好きで甘えん坊よ。朝起きた瞬間から甘えたかったけど、『忙しい!』って来てくれなくて。寂しくて泣きじゃくってると、横で寝ていたお父さんに『うるさい!』って怒られて、いつも目をはらして学校に行ってた。」
 
 
 
 

―――朝起きたときから!?私の記憶では、ご飯のときも怒られていたような…偏食がひどかった?

 
 
「偏食は全然なかったんだけど、胃が弱かったから、空腹すぎると早く食べれなくて。6人家族で食べる大皿おかずはすぐになくなるから、おかずなしの白ご飯が食べれなくて残すから怒られたわけ。
 
 

―――お母さんは、ちい姉ちゃんが何も食べないから、朝ご飯はおにぎりだって言ってよ。だから、ちい姉ちゃんは偏食だと思い込んでたわ。

 
 
「朝のおにぎりは梅干し入りだったから、おかずがなくても食べれたね。たぶん、おかずを大皿じゃなくて、一人ひとり出してくれてたら、ちゃんと食べてたんじゃないかな。」
 
 

ーーー

 
 
姉が怒られることになった「根本的な要因」は…
 
 
「甘えたい気持ちを満たして貰えなかったこと」
 
「胃が弱く、白ご飯だけでは食べれないことを気付いてもらえなかったこと」
 
 
だと分かりました。
 
 
子どもにはしっかり栄養をとって健康に育って欲しいと、親なら誰でも思いますよね。
 
 
その思いを叱責で伝えてしまうことが、子どもにとっては大きな負担となることがわかります。
 
 
次は学校での勉強について聞いていきます。
 
 
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3.親が勉強重視だと子どもはどうなる?

 
 

―――発達障害ADHDタイプの息子は小学3年生ごろから勉強嫌いになってきたんだけど、ちい姉ちゃんはどうだったのかな?

 
 
「小学校2年生の3学期の通知表で、初めて算数で『2』を取って、親に『は~?2~?』って言われたのは覚えてる。
 
それからは、ただ怒って勉強をやらせようって感じ。でも、小学3年生の担任の教え方が分からなくて、ますます勉強が苦手になっていった。」
 
 

―――そういえば、計算はできてたよね?

 
 
「計算を習ったそのときはできた。でも褒められた記憶はないね。
 
『なんで文章問題ができないの?本を読まないから、読解力がないんや!』って怒られて、そのうち、テストも見せなくなって、勉強は超嫌いになった。
 
 

―――学校ではどうだったの?

 
 
「友達がいない訳じゃなかったけど。勉強が嫌でしょうがないから、退屈で仕方がなかった。親も勉強ができないから、何かしら身につけさせようと必死。ピアノやバレーボールの他あわせて週5の習い事をやってた。忙しくてクタクタだったから、学校は行かなくていいなら行きたくなかったかな。」
 
 

―――

 
 
これまで話を聞いて、両親が、姉の勉強を心配して、怒って勉強をさせようとしたり、たくさんの習い事をさせたりという対応が裏目に出てしまっていたように感じました。
 
 
さて、次は、姉が非行に走った当時の気持ちをインタビューし、非行などの二次障害の予防法を探っていきます。
 
 
 
 

4.高校で不登校になった姉の当時の気持ちを激白!

 
 

―――うちの発達障害ADHDタイプの息子が癇癪がひどかったの。ちい姉ちゃんも怒りながら、親に「あやまれ」って連呼してたけど、どうしてだったの?

 
 
「もう怒られ過ぎて、『なんで自分だけこんなに攻撃されるんだ』と思ってた。『あやまれ』は、気が狂いそうになって腹が立って、どうにも許せないと思って出た言葉。小学校高学年までは、怒られて泣いて叫ぶしか反抗ができなかったから。
 
 

―――中学2年生ごろ非行に走ったときの気持ちは?

 
 
「中学2、3年のクラスが、いわゆる不良グループの集まり。それで、『よっしゃ、今から親に仕返ししてやる!泣かせてやる!』って感じ。いつも怒られながら、いつか親に仕返ししてやるっていう憎しみだけで生きてたからね。」
 
 

―――それでも、高校受験の勉強を頑張ってたよね。

 
 
親に言われて、とりあえず、高校は行かなきゃダメかなぁと思っただけ。受験のときの塾は夜中に帰ってくるようなところで、しんどかったけど。
 
 

―――高校生活はどうだった?

 
 
「高校は校則が厳しくて、毎日怒られて、教室の前で正座させられて…。入学して2か月ぐらいで、こんなところに来てる意味があるのかって思い始めて、高校1年の途中で不登校になって中退した。」
 
 

―――学校へ行かないことへの不安はなかった?

 
 
「全然。抜けだしたかったし、恨みを晴らしたい思いでいっぱいだったから、将来のことを考えることは一切なかった。」
 
 

―――それからは、どんな生活だったの?

 
 
「遊びまくって、昼夜逆転生活。お父さんと顔を合わせると文句言われるからね。唯一の味方だったおばあちゃんに、お金を貰って生活してた。おばあちゃんという逃げ道があったから、ここまでで抑えられてたと思うよ。」
 
 
 
 

―――その後、何年か仕事をして、19歳で結婚して20歳で出産。19歳って若かったと思うけど、結婚に不安はなかった?

 
 
「不安や後悔はない。早く家を出たかったし。やっと親から解放されると思ったよ。とにかく親が何かをさせなきゃと思って、この仕事が向いているかも、あの仕事が向いてるかもって、いろいろ言ってくることから解放されたかった。」
 
 

―――

 
 
両親に怒られ過ぎて、憎しみの感情が生まれてしまった姉。
 
 
そして、中学時代の周りの環境にも影響され、非行へ走ってしまったことを知りました。
 
 
その後も、両親が姉に「人並みに安定した職を見つけよう」と頑張るほど、姉は家に居ることが窮屈になったように感じます。
 
 
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5.非行などの二次障害にしないための対応とは?

 
 

―――今までの話を聞いて思ったんだけど、もし、朝から甘えられていたら、状況が違っていたと思う?

 
 
「思う!少なくとも朝から泣くことはなかった。自分の子どもには、子どもがもういいって言うまでハグをしてたよ。」
 
 

―――1分もかからなかった?

 
 
「下手したら数秒で十分。忙しいことを理由にしてほしくなかった。子どもが甘えさせてほしいときに、少しでも相手してもらえるだけで心が落ち着くものだから。」
 
 

―――ちい姉ちゃん自身が今までを振り返って、自分はどんな風に育ててもらったら、非行の道へ走ったり、高校で不登校にならなかったと思う?

 
 
口うるさく言わずに、そっと見守ってほしかったね。世間体を気にして、『恥ずかしいから、ちゃんとしてほしい』っていう自分の想いを押し付けてほしくなかった。
 
 

―――

 
 
ここまでのインタビューを振り返り、私は、発達障害ADHDタイプの息子に、姉と同じような感情を抱かせていたかもしれないとハッとしました。
 
 
また、このインタビュー後、年に数回しか会えない姉に、次のように言われました。
 
 
発達科学コミュニケーション(発コミュ)に出会う前の私と息子のやり取りを見て、「自分と同じようになりそうでヤバいな」と思っていたそうです。
 
 
確かに、姉からは「あんまり言わないでおきな。」と言われていたことを思い出しました。
 
 
当時の私は、自分の想いに必死すぎて、聞き入れることができませんでした。
 
 
私も両親と同じように、生活と子育てに一生懸命で、息子を普通にさせなければと頑張っていました。
 
 
しかし、私が、息子の発達障害の特性を無視して頑張るほど、親子関係をこじらせてしまっていたのだと思います。
 
 
私は、発コミュに出会い、息子への対応を変えて、息子の癇癪も収まりましたが、以前の対応を続けていたら、非行や不登校などの二次障害になっていたかもしれません。
 
 
読者さんは、どうですか?
 
 
もし、お子さんを怒ってしまっているなら、そのことの「要因」を考えてみませんか?
 
 
ご飯を残してしまうのは、私の姉のように「胃が弱い」という要因があるかもしれません。
 
 
また、発達障害の子どもは感覚過敏の特性を持ち合わせることが多いため、味覚や嗅覚の過敏により食べれないのかもしれません。
 
 
もしかしたら、泣いているのは、ただ甘えたいだけかもしれません。
 
 
 
 
親子のコミュニケーションはいつからでも変えられます。
 
 
今一度、お子さんをじっくり観察して、いいところ、好きなこと、苦手なことを知っていきませんか?
 
 
それでは次回、姉が結婚後、好きなことを仕事にするようになった経緯等のインタビューをお届けします。
 
 
 
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執筆者:依川晴美
(発達科学コミュニケーショントレーナー)
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