「やる気がない」と思っていた子の本当の姿

日常のかかわり方

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「やる気がない」と
思っていた子の本当の姿
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今日は、

私たち大人が見ている
「子どもの姿」と、

子どもの中で
実際に起きていることは、

同じとは限らない
というお話をしますね。

書字障害をもつ
14歳の少年が、

小学生の頃の
自分の生きづらさについて
書いた本があります。

彼は学校で、

授業についていけないから、
つまらなくて
授業に参加していない子」

と思われていたそうです。

けれど、
本当の彼は
まったく違いました。

工作が大好きで、

自分で考えて
飛行機や列車を作り、

うまく動かなければ、

「どうしたらもっと
うまく動くんだろう?」

と何度も改善を繰り返す。

考えること、
試すことを、
夢中になって楽しめる子
だったんです。

それなのに、

学校で見えていた
「授業に参加しない」
という行動から、

「授業を理解できない子」
と見られていました。

少年は本の中で、

大人は
「授業に参加していない」
という結果から、

その原因を考える前に、

「授業を理解できないから」
と決めつけて
しまっているのではないか、

と疑問を投げかけています。

これを読んだとき、
私は、

宿題を嫌がる
発達グレーゾーンの子にも

同じことが
起きているかもしれない、

と思いました。

宿題を始めない。

「あとでやる」と逃げる。

机に座っても
ぼーっとしている。

問題を見ると
「わからない!」と怒る。

そんな姿を見ると、

「勉強が嫌いだから」

「やる気がないから」

「わからないから」

と、

私たちは
見えている行動から、

その理由まで
つい決めたくなります。

けれど、
本当にそうでしょうか?

同じように
「宿題をやらない」
と見えていても、

宿題を受け入れるところで
止まっている子もいれば、

机までは来られるけれど、
準備で止まっている子、

準備はできても、
問題を読むところで
止まっている子もいます。

つまり、
同じ「やらない」でも、

その子が止まっている場所は
同じではないんです。

だから、

「やらない」という結果だけで
この子を決めるのではなく、

「この子は、
どこまではできているんだろう?」

「どこから難しく
なっているんだろう?」

そんなふうに
見る物差しを変えると、

「できない」と思っていた
わが子の中にも、

「ここまではできている」
が見えてきます。

すると、
「この子はダメ」ではなく、

「今は、ここにいるんだ」
と見られるようになります。

そして、
今いる場所がわかれば、

「じゃあ、次はここを
育ててあげよう」
と考えられるようになります。

できないところを
追いかけなくても、

今できているところから
伸ばしていけばいい。

そうやって見ると、

ここから伸びていける道が
ちゃんと見えてきます。

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