さて今日は
『「羨ましい」の先にあるもの。
私が起立性調節障害の息子と
暗闇で見つけた、たった一つの光
~私が人生をかけて伝えたいこと~』
というお話です。
昨日のメルマガでご紹介した、
通信制高校から「医師」を
目指し始めた 高3の男の子のお話。
読んでくださった方から、
「そんな奇跡みたいなことが
あるんですね」
「正直、うちの子とは違いすぎて
羨ましいです」 という、
切実なメッセージをいただきました。
分かります。
その「羨ましい」という言葉の裏側に
ある、 胸が締め付けられるような焦り。

かつての私も、全く同じでした。
中学1年生の冬、
息子が 起立性調節障害になったあの日。
キラキラしていた彼が、
暗い部屋で一日中、
泥のように眠る日々。
「なぜ、うちの子が?」
「どうして解決策がないの?」
出口の見えないトンネルの中で、
時間だけが過ぎていく恐怖。
息子だけ、
時計の針が止まってしまったような絶望。
でも、私は息子との不登校生活の中で、
ある「残酷な真実」に気づいたんです。
日本の教育や、行き過ぎた競争社会。
そこからはじき出された才能たちが、
「ただ回復を待つだけ」で
大事な思春期を終えていく。
これって、
あまりに勿体なくないですか?
私はそのことに
ひとりの大人として、
責任を感じずにはいられませんでした。
だからこそ、
私は 発達科学コミュニケーションを
「ただの会話術」として
伝えているわけではありません。
私が伝えたいのは、
「どんな型にもハマらない、
わが子の唯一無二の輝きを
取り戻す方法」 です。
昨日のMさんの息子さんが
医学部を目指せたのは、
ママが「世間の正解」を捨てて、
「この子の可能性」だけを信じ抜くと
決めたからです。
コミュニケーションを学ぶことは、
テクニックを身につけることじゃない。
お母さんが、
わが子の人生の 「最高のプロデューサー」
に変わること。
365日、
家庭を「最高の発達の場」に変え、
お子さんの脳から「不安の種」を抜き、
「自分らしさ」というガソリンを
注ぎ込む。
もう、一人で悩む時間は終わりです。
この進級の時期は特にそうであるように、
お子さんの回復を「待つだけ」の生活も、
今日で終わりにしませんか?

私は
お母さんたちに
子育ての自信と笑顔を取り戻してほしい。
子どもたちに、
選択できる未来を手渡してほしい。
それをサポートするのが、
私の使命です。
明日は、
「なぜ、お母さんの『意志』が、
お子さんの人生を180度変えるのか?」
という、本質的なお話をしますね。
今日はここまでです。


