息子が5歳で
ADHDと診断された時、
「だからこの子は
話を聞いてないんだ!」
「だからこの子は
すぐに走っていっちゃうんだ」
と霧が晴れたような気はしました。
だけど残ったのは
「この先どうすればいいんだろう…」
そして
「小さい今のうちに、なんとかしなきゃ」
という気持ちが
どんどんと強くなっていったんです。
ADHDだからと頭では
わかっていても
息子がお友達に近づきすぎると、
「相手の子が嫌だって思ったらどうしよう」
と不安になって
「近いよ!」
「嫌がられるよ!」
みんなと違う遊びを始めると、
「みんなはこっちで遊んでいるよ」
「一緒に遊びなさい」
嬉しくなって
一人だけはしゃいでいると、
「迷惑になるからやめなさい!」
と、叱り続けました。
そんな私の言葉を、
息子は無視するか
もしくは「やめて!」と泣き叫ぶ
「これじゃダメだ!
なんとかしなきゃ」
と焦り、さらに強く叱る。
だんだん
意地の張り合いのようになり
親子で怒りをぶつけ合う。
私たちは、そんな悪循環に
ハマっていきました。
息子のことが
可愛くなかったわけでは
ありません。
私が怖かったのは、
このままでは
お友達に嫌がられるかもしれない。
みんなと違うことをしていたら
仲間に入れてもらえないかもしれない。
いつか息子が
一人になってしまうかもしれない。
という未来でした。
人と違う行動をする息子が不安になり
私が頭の中で先回りして
生み出した未来だったんです。
そして、その未来を
作っていたのは
「人と同じにできなければ、
人の中では生きていけない」
という、
カナダにいても
私が手放せなかった
日本の常識でした。
当時の私は、
人の輪の中で生きていくためには
人と同じようにできないといけない
と思っていたんです。
本当は、
厳しく育てたいわけではない。
息子の良さも
ちゃんと分かっている。
ただ、
この子が人から嫌われないように。
仲間から外されないように。
将来、困らないように。
その想いが強いからこそ
叱っていたんです。
けれど今ならわかります。
人と同じじゃないことが
悪いのではない。
人と同じにさせようとすることが
苦しさを生んでしまう
ことを。
本当は、
わが子の素直さを
ちゃんと見てあげたい。
好きなことに集中できる力も、
豊富な知識も、
人が好きで、
明るくて優しいところも、
そのまま伸ばしてあげたい。
人と同じにさせるのではなく、
この子らしさを持ちながら、
人と関われる子に育ってほしい。
そして、
子どもの未来を諦めたくない。
そんな願いが
心の中にあるのなら、
ママが叱ってしまう理由は、
ただ、厳しく育てたいからでは
ないのかもしれません。
この子が
人の中で困らないように。
自分の良さを失わずに、
人と関わって生きていけるように。
守りたい未来があるからこそ、
声が強くなってしまうことも
あるのだと思います。
大切なのは、
叱った自分を責めることではなく、
「私は、この子に
どんな未来をあげたいんだろう?」
と、一度立ち止まって
考えてみることではないでしょうか。
安心できる友達と
笑っている未来。
自分の気持ちを
言葉で伝えられる未来。
好きなことを大切にしながら、
人とつながっている未来。
あなたはどんな未来をお子さんにあげたいですか?
ではまた!


