看護師をやめて発コミュトレーナーへ転身!~凸凹繊細きょうだい育児の専門家 仲ひろ子さんへのインタビュー~

 

兄弟育児の悩み事を抱えているママたちをサポートするべく、凸凹繊細きょうだい育児の専門家として活動している仲ひろ子さん。最初は、他のお母さんたちと同じような悩めるママでした。発コミュとの出会いから、看護師を退職して発コミュトレーナーに転身した背景をお話ししていただきました。
 

【目次】

 
 

1.発達科学コミュニケーション(発コミュ)を始めるまでのお子さんたちの様子

 
 
前回までは、仲さんが専門家として、発達凸凹繊細兄弟にどのように対応していったらいいのか、をお話していただきました。
 
 
●インタビュー 第1回目はこちら
 
 
 
今回は、仲さんがトレーナーとして活動するという道を選んだ理由についてお話を伺いたいと思います。
 
 
こちらの記事は3回にわたるインタビュー記事の2回目の記事になります。
 
 

ーーー看護師として働きながらお子さんたちを育ててこられたんですよね。これまでの子育てを振り返っていかがですか?

 
 
「はい。上から注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム(ASD)、人一倍繊細な子(HSC)傾向の特性を持つ3人のきょうだいです。
 
私自身は実は一人っ子で、母もなくしているので兄弟の育て方もわからなかったんです。
 
子育てよりも仕事の方が得意なタイプだったので、看護師として多くの時間を勤務先の病院で過ごしていました。
 
家ではいつも衝動性のある長男を追いかけたり注意したり、きょうだい喧嘩は怒鳴ってやめさせたり、睨みつけたり。
 
時間に追われて記憶も十分にありませんが、いつもガミガミしていたり、自分が疲れてもう休んでいる、そんな時間が多かったです。」
 
 
 
 

ーーーお子さんの年が近いと、やはりそういった状況になりますよね。

 
 
「最初の頃の赤ちゃん時代とか小さいころの記憶ってあまりないくらい、全員がおむつみたいな時期があったりして、本当にうちは保育園かな?みたいな、そんな育児でした。
 
長男のADHDが保育園の頃から目立っていて、話は聞いていないし、すぐどこかに行っちゃうんです。
 
振り返ってみたら、その子にずっと注意しているような状態でした
 
下の子たちは、どちらかというとおとなしかったり、優等生タイプ。上の子を注意しているときは下の子たちはひっついて静かに遊んでいるという状態でした。」
 
 

ーーーなるほど、当時の慌ただしい様子が簡単に想像できますね。

 
 
「長男が小学校に上がってからは、パパが野球をやっていたのもあって少年野球に入って、バタバタしながらも楽しく過ごしていたんです。
 
長男が4年生の時には、下の子たちは2年、1年でみんな小学生に。その頃は全員毎日小学校に行って、毎週末野球をやって帰ってくる、そんな暮らしでした。」
 
 
 
 

◆ポイント解説

 
 
仲さんが看護師としてのキャリアを築きつつ、家では忙しいながらも、手のかかる長男さんを気にかけつつ、毎日を全力で過ごされていた様子がわかります。
 
 
どこの家庭でもお母さんは、毎日、自分の自由時間がないくらい、家族のために動いているのではないでしょうか?
 
 

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2.いきなり訪れた次男さんの変化

 

ーーーバタバタとしながらも充実した毎日。その頃に特性があるお兄ちゃん以外のお子さんに変化が訪れたんですよね?

 
 
「はい。充実した毎日だったのですが、長男4年生、下の子たちが2年生、1年生と全員が小学校に上がった頃、不安で寂しい子どもたちは、ママを奪い合って争うようになってしまったんです。
 
なんとそれまで優等生だった次男が荒れて、暴言暴力・激しいきょうだい喧嘩や不登校が起きました
 
最初は、昔ながらの『学校行かないと大変なことになるよ』『行けばどうにかなるんだから』と、頑張っていかせたんです。
 
けれど、その時に『俺なんか』という葛藤を目にしたときに、これはどうしたらいいんだ、と。
 
彼に『もう一人っ子がよかった。俺なんて生きている価値がない』とも言わせてしまったんです」
 
 
 

◆ポイント解説

 
 
多くの親が、子どもが「学校に行きたくない」と言い出したときには、冷静ではいられないと思います。
 
 
「言葉にはできないけど、もしかしていじめられているんだろうか?」「勉強についていけていないのだろうか?」などいろいろ考えてしまいますよね。
 
 
私たち親の世代は、子どもは学校に行って授業を受けて帰る日常が普通のイメージがあると思います。
 
 
それゆえ、子どもの「行けない」という言葉には、「行ったら、友達と遊べるから楽しいこともあるよ」「誰かに意地悪されているなら先生に相談しよう」など、子どもを学校に行かせるような言葉を言ってしまいがちです。
 
 
子どもは「行けない」といった時点で、その子なりに苦しんでいて、学校へ行くのは無理という状態にもかかわらず、です。
 
 
子どもからのSOSには、きちんと向き合いたいですね。
 
 

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3.看護師の仕事を辞めて発コミュトレーナーになるまで

 
 

ーーー次男さんが荒れてしまった後、大学院に入学したりと色々なことに取り組まれたそうですね。発コミュに出会うまで、どのようなことをされていたのですか?

 
 
「はい。医療職なので、元々の知識と資料を調べれば自分でどうにかなるって思ったんです。本もたくさん読みました。
 
私は、子どもたちは私が仕事をして成功している姿を見たら、子どもたちが何かを感じてどうにかなるのかな?と思っていたんです。
 
けれど、仕事を休めない、辞めれられないもあって、子どもたちのとの一緒の時間をとるために、休職して大学院進学することにしました。
 
大学院では、周りの人の役に立てるよう地域医療について学びました。
 
私の中では、周りの色々なことがうまくいく予定だったんですが、全然うまくいかなくて…

院でお世話になっていた先生から、『地域医療より、今は自分の家族のことがやりたいのでは?』と言われ、『ほんとそうなんです』と気づいたんです。

 
結局、病院という現場仕事を続けていくことは難しいから、と仕事を辞めることにしました。
 
なぜなら、一番身近な人を助けることが、私の今一番やるべきこと、と決心できたからです。
 
それから発コミュを始めることになります。ずいぶん回り道しましたね。」
 
 
 
 

ーーー勉強熱心な仲さんなので、色々調べて発コミュにたどり着いたと思うのですが、最終的に選んだ理由を聞いてもよろしいですか?

 
 
「はい。発コミュ自体は以前から知っていてメルマガも読んでいたんです。だけど、自分で何とかできるかも?とも思っていました
 
結局自己流だとうまくいっているようでも、うまくいかなかったんです。
 
サイトで色々な人の成功事例とか見て、うまくいっている人がいると。そこでは、こうやってよくなった、の事例がでていて信頼できそうな情報がたくさんあったからです。
 
それが決め手ですね。」
 
 

ーーー発コミュを始めるまでの約2年と、始めてからの約5か月比べてみてどう思われますか?

 
 
「はい。今まで自己流で本とかネットが相手で。判断するのも自分で。自分でちょっと違うと思っても、自分で調べるしかなかったです。
 
今は仲間がいるし、聞ける人がいるし、相談したら的確に答えてもらえるというところがすごく大きいですね。
 
今までは答えがわからなくても、答えをわかるために、あっちを見てこっちを見て、自分の調べが足りないとか思って、ずっと調べていかないといけない。
 
子どもが荒れっているときは本を読む時間もない状態で。調べる時間もないから自分もイライラして、早く読めたら解決できるのに、とジレンマでしたね。
 
今は、素直にここだけ学んでこれを実践したら、こうなった、あぁよかった、となるんです。しかも、根拠はこうだから、と体系的に知識を学んでいけます。
 
常に不安だったけど、今は自分がブレずに進めるようになりました。」
 
 
 
 

◆ポイント解説

 
 
専門性のあるお仕事をされていた仲さんは、今までの知識もありますし、勉強すれば勉強するだけ新しい知識もついていって、それを実行に移していく行動力もある方です。
 
 
世間のお母さんたちも、困ったことがあった場合、まずネット検索をしたり、そこで書籍など読んでみたり、と試行錯誤しているのではないでしょうか。
 
 
発コミュでは、発達について体系的に学んでいきます。困りごとも、今取り組んだ方がいいものなのか、まだ発達途中なのでゆっくりでいいものなのかなど、どう対応していけばいいのかがわかるようになります。
 
 
一緒に学んでいく仲間の存在も、もちろん大きいですよ!
 
 
 
 
さて、次回は、トレーナーとして活動している仲さんの日常や今後の活動へ対する思いなどを伺っていきたいと思います。お楽しみに!
 
 
 
 
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執筆者:松尾 歩
(発達科学コミュニケーションリサーチャー)
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