低学年では、座っていられた子が
立ち歩くようになった。
「落ち着きがないですね。」
そう言われるたびに、
ちゃんとさせなきゃ、
直さなきゃって思っていました。
けど、それと同時に、
この落ち着きのなさは、
本当に“問題”なんだろうか?
そんな違和感も、
どこかにありました。
授業中に立ち歩く。
友だちにちょっかいを出す。
どうして、
そんなことをしてしまうんだろう。
理解力も思考力もあるはずなのに。
このままだと、
この子は、
周りから浮いてしまうんじゃないか。
居場所なんて、
なくなってしまうんじゃないか。
けど、
どこかで引っかかっていました。
授業中に立ち歩いてしまうと聞いたとき、
正直、驚きました。
なぜなら、
小さな頃から、
一人で読み聞かせに参加できる子だったからです。
じっと座って、
話を聞くことができる子だった。
それなのに、
どうして?
なぜ、
うちの子が?
けど、
あの子が動き出す時って、
いつも、
新しい発見があった時じゃなかったっけ。
面白そうなものに、
引き寄せられるように、
動き出す。
そして、
理解するまで、
そこから離れない。
気になることを、
確かめずにはいられない。
……あれ?
もしかして、
この行動は、
「落ち着きのなさ」じゃなくて、
“確かめる力”なのかもしれない。
そう思ったとき、
見え方が変わりました。
この行動は、
直さなきゃいけないものじゃなくて、
その子の中にある力の現れなのかもしれない。
「落ち着きがない」
そう言われていた行動は、
もしかしたら、
まだ使い方がわからないだけの力なのかもしれません。
そして実は、
この「落ち着きがない」と言われていた行動が、
まったく違う意味を持ち始めた瞬間がありました。
発達科学コミュニケーショントレーナー
神山彰子

