吃音が増えると、
「何がよくなかったんだろう?」
と犯人探しをしてしまうこと
ありませんか?
そんなことが習慣になって、
だんだん吃音が増えるたびに
自分を責めて落ち込んでいた
ママをご紹介します。
年長の娘さんは、
吃音だけでなく
母子分離不安が強く、
遊びに行っても
ママから離れられず、
お友達と一緒に遊ぶことが
できない子でした。
Nicotto講座を受講して、
やく半年が経った頃、
幼稚園のお友達の家へ遊びに
行った日のことでした。
その日の彼女は
違いました。
ママから離れて
お友達と二人で遊べたのです^ ^

しかも、
大切にしている塗り絵を
差し出して、
「これやる?」
と提案することも
できるようになっていました。
このママがNicotto講座で
最初に育ててきたのが、
5つの力の一つ目、
「親子の愛着」でした。
子どもが安心して
外の世界へ踏み出すためには、
何があっても
ここへ戻ってきて大丈夫、
という親子の安心と信頼が
必要だからです。
愛着が育つというのは、
ずっとママから離れない
ことではありません。
安心して戻れる場所が
あるから、
ママから離れて
外の世界へ出ていける
ことです。

ところが、その日の帰宅後、
落ち着いていた吃音が、
驚くほど増えました。
吃音の波だけを見ていると、
お友達と遊ばせるのは
無理をさせることなのかも
しれない、
とマイナスに受け止めて
しまうかもしれません。
ですが、
このママは
複雑な気持ちはありながらも、
吃音が増えたことだけで
娘さんの成長を
なかったことにはしませんでした。
お友達もまだ幼いことから、
悪気なく言った言葉に傷つき、
気持ちを我慢したこと。
すごろくで負けそうになり、
悔しい気持ちを
うまく切り替えられない
場面があったこと。
娘さんにとっては、
いくつもの出来事を
一度に処理する一日でした。
もし、
子どもの脳の見立てを
知らないママだったら、
「せっかく良くなっていたのに」
「また悪くなってしまった」
「何がいけなかったんだろう」
と、不安になっていた
かもしれません。
娘さんがママから離れて
遊べたことも、
お友達に優しくできたことも、
吃音が増えたことで、
見えなくなっていたかも
しれません。
けれども、
このママは、
「今日は脳に
かなり負荷がかかったんだな」
と、娘さんの状態を
見立てていました。
親子の愛着は、
ここまで育っている。
人と関わる力も
伸びてきている。
その一方で、
嫌だった気持ちを
ため込まずに伝える力や、
思いどおりにならなかった時に
気持ちを戻す力は、
まだ育ち途中だな、
だから今は、
親子の会話で
いっぱいいっぱいに
なった脳を
落ち着かせよう。
そして次は、
気持ちを伝える力や、
悔しさから戻ってくる力を
育てていこう。
そうやって、
吃音が増えた時にも
次に進む方向を
自分で考えられていたのです。
吃音体質の子は、
脳の処理が追いつかない
状態になると、
一時的に吃音が
増えることがあります。
その時、
吃音の波だけを見ていたら、
「良くなった」
「悪くなった」
の二つでしか、
わが子を判断できません。
これに親である私たちも
一喜一憂して、
子育てを心から楽しむ
余裕をなくしてしまうことが
あります。
けれども、
親子の愛着、
ことばの力、
コミュニケーション、
自信、
吃音の状態。
この5つを一緒に見ると、
・何が育ったのか。
・どこで脳の処理が
追いつかなかったのか。
・次にどの力を育てたらいいのか。
ママ自身が
見つけられるようになります。
吃音が増えた日にも、
「全部、元に戻った」
と、わが子の未来まで
怖くならなくなります。
「この子はここまで育った」
「今は、ここを育てる時なんだ」
と、成長の続きを
信じられるようになります。

親子で、成長を楽しみ、
迷わずなりたい未来に
進むことができる。
例えば、
「人に教えるのが好きだから、
先生になる未来もあるかもしれない」
「声優になりたいなら、
好きなアニメから
表現する力を育てていこう」
「いつか親子で海外に行きたいから、
ことばの世界をもっと広げよう」
吃音があるから無理かもしれない…
と未来が不安になる
子育てではなく、
わが子の“好き”から
未来を描く子育てが
できるようになるのです。
吃音を理由に将来の可能性に
天井をつくらず
夢を育てることが
できるようになる。
これが、
私が“ことばスイッチ”ナビで
つくりたい未来です。
%LAST_NAME%さんも今日は、
吃音が増えたことで
見えなくなっていた、
わが子の成長を
一つだけ探してみてください。
発コミュを学ぶ前と今を比べて、
前は難しかったのに、
今はできるようになったことは
何でしょうか。
それは、
ママから離れて遊ぶこと
かもしれない。
気持ちを話すことかもしれない。
失敗しても、もう一度
やることかもしれません。
吃音の波だけでは
見えないところで、
お子さんの脳は
もう大きく動き始めています。
吃音の波だけでは
見えないところで、
お子さんの脳は、
もう次の一歩を踏み出している
かもしれません。

