体はよくなってきたのに、なぜ学校だけ行けないのか

はじめまして!大下真世です。
「体は少しよくなってきたのに、どうして学校だけ行けないんだろう」
私は、息子が起立性調節障害で動けなくなったとき、ずっとこの疑問を抱えていました。
朝、何度声をかけても起きられない。
光を入れても、音を鳴らしても、まるで体のスイッチが切れてしまったように動かない。
けれど、少し回復してくると、家では笑える日が増えてきました。
好きなことには反応する。
食卓で会話もできる。
牧場へ行ったり、根付に没頭したり、自分の好きな世界には少しずつエネルギーが戻ってきた。
だから私は思ったのです。
「ああ、体がよくなれば、きっとまた学校にも行けるようになる」
水分をとる。
塩分を意識する。
生活リズムを整える。
体を動かす。
看護師として、母として、できることは全部やっているつもりでした。
けれど、現実は違いました。
体は少しずつ動き始めている。
笑顔も戻ってきた。
好きなことには没頭できる。
それなのに、学校の話が出た瞬間、息子の表情は固まりました。
「二度と行かない」
「勉強もしない」

その言葉を聞いたとき、私は胸の奥が冷たくなるような感覚になりました。
休ませればいい。
見守ればいい。
そう言われることもありました。
もちろん、休息は必要です。
体を回復させることも大切です。
けれど、私はどこかで感じていました。
「このまま、ただ待っているだけで、本当にこの子は自分の足で動き出せるのだろうか」
この違和感が、私にとって大きな転機でした。
起立性調節障害の息子が動き出した日|私が見落としていたこと
息子は、もともと好奇心の強い子でした。
小さい頃から、興味を持ったものにはとことん没頭する。
図鑑を広げれば目を輝かせ、大人が驚くような知識を話してくれる。
一方で、集団の中ではとても神経を使う子でもありました。
幼稚園の頃から登園しぶりがあり、小学校では「物知り博士」と言われながらも、体の不調を訴えることが増えていきました。
中学受験を経て、念願の中学校に進んだあと、息子は一生懸命その環境に適応しようとしていました。
けれど、その頑張りは、外から見える以上に息子の心と体をすり減らしていたのだと思います。
今ならわかります。
息子は怠けていたのではありません。
甘えていたのでもありません。
むしろ、頑張りすぎていた。
周りに合わせようとしすぎていた。
「ちゃんとしなきゃ」「期待に応えなきゃ」と、自分の限界を超えて適応しようとしていた。
そして、ある日ついに、脳と体が「もうこれ以上は無理」とブレーキをかけたのです。
起立性調節障害は、気持ちの問題ではありません。
体に起きている症状です。
でも、体だけを見ていても、最後のピースが埋まらないことがある。
なぜなら、体が少し回復しても、脳の中に残っている「学校=怖い」「また失敗するかもしれない」「行ったら崩れるかもしれない」という不安の記憶が、その子の一歩を止めてしまうことがあるからです。
私はここを見落としていました。
体が回復すれば、自然に動き出すと思っていた。
けれど、息子に必要だったのは、体の回復だけではなく、もう一度「自分は大丈夫」「少しならやってみてもいい」と思える脳の状態を育てることだったのです。
そこで出会ったのが、発達科学コミュニケーションでした。
私にとってそれは、単なる声かけのテクニックではありませんでした。
「この子をどう動かすか」ではなく、「この子の脳が、もう一度動き出せる状態をどう育てるか」
その視点を手に入れた瞬間、私の関わり方は変わりました。
それまでの私は、できていないことを見ていました。
起きられない。
学校に行けない。
勉強しない。
約束を守れない。
そして、何とかしなきゃと思えば思うほど、声かけはプレッシャーになっていました。
でも、脳科学に基づくコミュニケーションを学んでから、私は「できていないこと」ではなく、「ほんの少し動いた瞬間」を見るようになりました。
目が合った。
返事をした。
食卓に来た。
好きなことを話した。
少し外に出た。
自分で選んだ。
それは一見、学校復帰とは関係ないように見える小さな行動です。
けれど、その小さな行動に肯定を入れていくことで、子どもの脳には「自分はできる」「自分で選べる」「動いても大丈夫」という記憶が少しずつ積み上がっていきます。
これは甘やかしではありません。
不安で止まった脳に、もう一度エネルギーを貯めていく関わりです。
調子がいい日に頑張らせることだけが回復ではありません。
むしろ大切なのは、調子が悪い日に崩れきらないこと。
朝起きられなかった日。
行くと言ったのに行けなかった日。
不安で固まった日。
また振り出しに戻ったように見える日。
その日に、ママがどう関わるか。
「またダメだったね」という記憶を残すのか。
「それでも、ここまではできたね」という記憶を残すのか。
ここで、子どもの回復の方向は変わります。
そして息子は、少しずつ変わっていきました。
学校へ戻ることだけをゴールにするのではなく、息子の中にある好奇心や探究心、感性をもう一度動かす関わりに変えたことで、止まっていた時計が少しずつ動き始めました。
やがて息子は、自分から挑戦するようになりました。
科学甲子園ジュニアに挑み、仲間と力を合わせる経験をしました。
アメリカ留学にも挑戦しました。
苦手なことにも、自分の目的のためなら向き合えるようになりました。
そして、不登校の空白を越えて、高校にも特待生として合格しました。
私はこの変化を見て、はっきりわかりました。
子どもの才能は、止まって見える時も消えていない。
ただ、不安や疲労や失敗体験で、脳にブレーキがかかっているだけなのです。
だから必要なのは、無理やりアクセルを踏ませることではありません。
「どうして行けないの?」を卒業するために|リアル勉強会でお伝えすること
今は成長のサインなのか。
それともブレーキのサインなのか。
ここを見立てること。

そして、その子の脳が「これなら少しやってみようかな」と思える関わりに変えていくこと。
リアル勉強会で私がお渡ししたいのは、まさにこの視点です。
朝のかんしゃく。
身支度のこだわり。
感覚過敏。
体調不良。
学校の話になると固まる反応。
それらを、単なる困った行動として見るのではなく、子どもの脳と心と体に何が起きているのかを見立てる視点です。
見立てが変わると、ママの声かけが変わります。
声かけが変わると、子どもの脳に残る記憶が変わります。
記憶が変わると、子どもの「やってみる」が少しずつ育ち始めます。
子どもを学校に戻すことだけが目的ではありません。
その子が、自分の感性をつぶさずに、社会の中で自分らしく生きていく力を取り戻すこと。
そのための最初の一歩は、家庭の中にあります。
ママが子どものブレーキを見立てられるようになると、朝の関わりは変わります。
「今日もダメだった」ではなく、
「今日はここまでできた」
「どうして行けないの?」ではなく、
「今、何がブレーキになっているんだろう」
「早く動いて」ではなく、
「まず一つ、今できることから始めよう」
そんな関わりに変わったとき、子どもの中に眠っていた“やってみる力”が、少しずつ目を覚まします。
今、学校に行けない姿だけを見て、未来を決めなくて大丈夫です。
その子の中には、まだ動き出す力があります。
まだ伸びる力があります。
まだ、自分の人生を選び直す力があります。
リアル勉強会では、その力をママが見つけ、育てていくための見立てと関わり方をお伝えします。
お子さんの「できない朝」を、親子で責め合う時間ではなく、未来につながる小さな一歩を見つける時間に変えていきましょう
発達科学コミュニケーション
大下真世
