私が日本の教育を変えたいと思った原点〜13歳の違和感

私の想い

私が日本の教育に違和感を持った日
それは、中学2年生の頃でした。

テレビで宇宙の特集を見て、
いつかNASAで働きたい!

そんな夢を本気で持ちました。

その時、子どもながらに考えたんです。

だったら英語ができなきゃ。
だけど、この田舎の中学校の授業だけでは足りない・・・

家は貧しく、
英会話教室に通わせてもらえる環境でもありませんでした。

そこで私は、毎月のお小遣いのほとんどを費やして、月会費1300円の海外文通クラブに入りました。

少女漫画の「なかよし」や「りぼん」の最後のページに載っていた、小さな広告です。

世界中の同年代の子たちと手紙をやり取りするようになり、
私の世界は一気に広がりました。

送られてきた写真を見て驚きました。

アメリカの同い年の女の子は、
お化粧をして学校へ行っていました。

大人びた表情で、
とても中学生には見えませんでした。

見た目だけではありません。

将来の夢。

学校生活。

家族との関係。

考え方。

国が違うだけで、
こんなにも違う世界があるんだ。

私は夢中になって手紙を読みました。

そして、ある日、日本と海外の教育の違いについて、学校で作文に書きました。

返ってきたのは、
「日本の教育の良さ」を教え、私をたしなめる先生の言葉でした。

もちろん、日本の教育には良いところもたくさんあります。

けれど、あの時の私は思いました。

私が感じた違和感は、
なかったことになってしまうんだ

その頃から私は、何かが違う。

このままでは嫌だ。

そう思うようになりました。

そして、

親に対しても強く思うようになりました。

私はあなたたちの所有物じゃない。

自分の未来は、自分で決める。

あなたたちと同じ人生は歩まない。

今思えば、
あの頃から私はずっと、

「子どもが自分で人生を選べる教育」

を求めていたのだと思います。

だから私は、
高校卒業後は自分で働きながら大学へ進みました。

誰かに決められた人生ではなく、自分で選んだ人生を歩きたかったからです。

30年、教育や子どもを支援する仕事をしてきた今、あの頃感じた違和感の正体が、ようやく言葉になりました。

子どもは、
親の思い通りに育てる存在ではありません。

先生の思い通りに育てる存在でもありません。

自分で考え、

自分で選び、

自分で未来をつくっていく存在です。

日本の教育は、
子どもに「正解」を教えることは得意です。

ですが、

「自分で考える」

「自分で選ぶ」

「自分の人生に責任を持つ」

そんな力を育てる機会は、まだ十分とは言えません。

だから私は、
発達凸凹の子を伸ばす仕事をしているようでいて、

本当に育てたいのは、勉強ができる子ではありません。

自分で人生を選べる子です。

親に言われたから勉強する子ではなく、自分の夢のために勉強が必要だと考えられる子です。

そして、その子を育てるのは、
子どもを管理するママではありません。

子どもが自分で考えられるように待ち、信じ、導けるママです。

長い間
子どもに関わる専門職でありながら、
何を学んでも、我が子にはずっとできなかった

子どもを伸ばすお手本ママの姿

これを誰にでも再現できるように
メソッド化したものが
発達科学コミュニケーションでした。

私は日本中のママに、
この関わり方を届けたい。

それが、日本の教育を変える
1番の近道だと信じているから。

子どもを親の理想に近づける教育ではなく、

一人ひとりが
自分の人生を選び、
自分らしく輝ける教育へ。

あの日、中学2年生だった私が抱いた違和感は、
今では私の教育理念になっています。
そして、私の原動力であり続けています。

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