運動会や保育参観に出られないわが子を前に、「慣れればできるはず」と信じて自分を責め続けていた私。けれど理由は努力や慣れではなく「安心の土台」にありました。評価軸を変えて心が軽くなった過程を実体験をもとに綴ります。
1.運動会や行事が近づくたび、心が重くなっていませんか
私には、人一倍繊細な6歳の息子と3歳の娘がいます。
これは年長息子の話です。
運動会や保育参観、発表会。
本来なら、わが子の成長を感じられるはずの園行事が、初めての場所や、いつもと違う雰囲気が苦手な子を育てていると、楽しみよりも不安の方が大きくなっていきました。
「今回はちゃんと参加できるかな」
「あぁ、また行きたくないって朝から泣くんだろうな、今夜も夜泣きするのかな」
「行けたとしても離れられないんだろうな」
そんな気持ちで迎える行事は、親にとっても大きなプレッシャーです。
周りの子は、当たり前のように並び、当たり前のように参加しているように見える。
それに比べて、自分の子だけが同じようにできない。
そのたびに、心の奥で
「私の育て方が悪いのではないか」
そんな思いが浮かんでは消えずに残っていました。
それでも私は、
「年長になればきっと慣れる」
「経験を重ねればできるようになる」
そう信じていました。
だからこそ、できない現実を前にするたび、自分を責める気持ちが強くなっていったのだと思います。

2.運動会で、私たち親子だけが取り残された日
運動会の日。
私の子は、どうしても私から離れることができませんでした。
競技が始まっても、私たち親子だけが抱っこでテントの中。
何百人もの保護者がいる中で、その視線がすべてこちらに向いているように感じました。
「甘やかしていると思われているかもしれない」
「ちゃんとしつけができていない親だと思われているかもしれない」
「これは年少年中のときよりも参加できていないよな…悪化してるって思われてるかな」
そんな考えが、頭の中を何度も巡っていました。
子どもが不安で動けないことは、頭では分かっている。
それでも私は、周りと比べてしまう気持ちを止められませんでした。
「ここに参加できただけでも、はなまる!」
そう自分に言い聞かせながら、それでも正直、落ち込んでいました。
練習では頑張っていると聞いていた分、私の中には、
「今年は少しはできるかもしれない」
そんな淡い期待もありました。
でも、結果はむしろ例年より、さらになにもできませんでした。
周りの親たちは、我が子の組体操の立派な姿に涙し、リレーのときにはクラス団結して親たちも声を枯らしながら、応援している。
音にも敏感な息子を抱っこしたまま、その応援にすら入れない。
息子に寄り添いながら必死に平然を装っていましたが、その孤独感で私の心は泣いていました。

3.「慣れればできる」と思っていた私が、見落としていたこと
当時の私は、「経験を重ねれば、いつか乗り越えられるはず」と考えていました。
だから、できない現実を前にすると、自然と矢印は自分に向きました。
「私の関わり方が足りないのでは」
「もっと背中を押すべきだったのでは」
「甘やかしすぎているのかもしれない」
でも、今なら分かります。
安心できない状態で行事に向き合うことは、子どもにとっては「挑戦」ではなく、ただ「耐える時間」だったのだと。
大勢の人、いつもと違う音や空気、先の見えない流れ。
不安が強い子にとって行事は、「頑張れば慣れる場所」ではなく、安心を失いやすい場面だったのです。
問題は、育て方でも、努力不足でもありませんでした。
心の土台が整わないまま、大きな刺激にさらされていたこと。
それが、行事に出られなかった理由でした。

4.運動会の前に私がやっていた、不安を小さくする発コミュの関わり方
私が変えたのは、子どもをどう動かすかではありません。
行事の前に「できる・できない」で考えることをやめました。
「最後まで参加できるかな」ではなく、
「今日はどこまでなら安心できそうか」
そう考えるようにしました。
不安を消そうとせず、
「怖いよね」
「ドキドキするよね」
その気持ちを、そのまま受け止め言語化する。
「出られなくてもいい」
「抱っこで見るだけでもいい」
最初から、ゴールを設定し直しました。
そしてもう一つ大切だったのは、子どもだけでなく、私自身の心の居場所を先につくることでした。
「出られなくても、私はここにいていい」
そう思えるようになることが、結果的に子どもの安心にもつながっていきました。

5.行事に出られなくても、自分を責めなくなった理由
その後、「出られるかどうか」よりも「どこまでなら安心できそうか」を大切にした関わりを続けていく中で、年長の二学期のお遊戯会では、行き渋ることなく会場に向かうことができました。
舞台の上で踊ることはありませんでしたが、出番になると自分の足で舞台に立ち、裏に戻ると、ほっとしたような笑顔を見せていました。
「参加できたこと」よりも、安心した表情でその場にいられたことが、私にとっては何よりの変化でした。
今も、すべての行事に参加できるわけではありません。
でも、私は自分を責めなくなりました。
出られなかった日は、「今日はここまで頑張ったね」そう振り返れるようになりました。
行事に出られるかどうかで、子どもの価値も、親としての価値も、決まるわけではない。
そう思えるようになったことで、私自身の心が、少しずつ軽くなっていきました。
もし今、行事のたびに自分を責めてしまっているママがいたら、伝えたいです。
出られないのは、失敗じゃない。
安心の土台が育つまで、立ち止まっていい。
置いていかれたように感じるその場所で、あなたはちゃんと、わが子の一番近くに立っています。

\“どう関わればいいか迷う”ママへ/
「待つ?手伝う?」と悩みやすい場面での関わり方を
不安が強い子が「自分でやる」を少しずつ増やしていく
視点と具体的な声かけにまとめました。
執筆者:栗原 あかり
発達科学コミュニケーション トレーナー




