「今日は休ませたけど、このまま不登校になるんじゃないか」
「ゲームばかりさせていて、本当に大丈夫なのかな」
暴言や反抗が落ち着いてきたと思ったら、今度は無気力、行き渋り。
朝になると「しんどい」「行けない」と言われるたび、胸がぎゅっと苦しくなる。
そんな不安を抱えて、この記事にたどり着いたママも多いと思います。
学校を休ませた日は、何かさせなきゃいけない?
「休んだらゲームは禁止」「せめてドリルでもしてほしい」そう思ってしまうのは、とても自然なことです。
実際、Wi-Fiを切ってから出勤するお母さんに、これまで数えきれないほど出会ってきました。
気持ちは痛いほど分かります。
休ませた以上、「何か意味のある一日にしたい」そう願うのは当然です。
ですが、はっきり言います。
休ませたのに、何かを禁止したり、逆に何かをさせようとする関わりでは、“休む”という目的は果たせません。
休む目的は、勉強の遅れを取り戻すことでも、反省させることでもありません。
エネルギーを回復すること。
それが、いちばんの目的です。
エネルギーが戻らないままでは、どんな正しい声かけも、どんな立派なアドバイスも、子どもの中には入っていきません。
頭では分かっていても、体と心がついてこない。
そんな状態のときに必要なのは、「頑張らせること」ではなく、安全に力を抜ける時間です。
「何もしない」=放置 ではありません
ここで、よくある誤解があります。
「ゲームを許す=放置している」「何もさせない=甘やかしている」そう感じる方も多いと思います。
ですが、何もしないことと、放置はまったく別物です。
放置とは、
・関心を向けない
・関係が切れている
・困っていても一人にすること。
一方で、休んだ日の「何もしない」は、
・同じ空間にいる
・声を荒げない
・評価しない
・急かさない
という、関係を保ったままの関わりです。
ここには、ちゃんと大人の存在があります。
「何かしないと認めてもらえない」感覚が残ると
休んだ日でさえ、「禁止」「条件」「やること」を突きつけられると、子どもの中には、こんな感覚が残ります。
「何かしないと、ここにいてはいけない」
「ちゃんとしていない自分には価値がない」
この感覚が強いと、一度は動き出せても、少しつまずいた瞬間に、また動けなくなってしまいます。
だからこそ今、一番大切なのは、何もできていなくても、受け止めてもらえているという安心感です。
休んだ日は「止まっている日」ではありません
学校を休んだ日は、止まっている日ではありません。
外で張りつめていた緊張が下がり、心と体が回復に向かって動き出す日です。
表からは見えなくても、中ではちゃんと、次の準備が始まっています。
この時期に、焦って動かそうとしないこと。
結果を急がないこと。
それが、次にもう一度立ち上がる力を育てます。
「このまま不登校になるんじゃないか」そう不安でいっぱいになるのは、子どもを大切に思っているからです。
もし、今日一日、安心して過ごせたなら、それは何も無駄ではありません。
親子の関係が切れていない限り、やり直しはききます。
学校に戻すことだけに意識を向けるより、親子の関係を再構築する時間と捉えてみてください。
コミュニケーションが整えば、家の中でも、脳は育っていきます。
その結果、「行きたい」と思える子は学校を選び、学校が合わない子は、別の道を選んでいく。
大事なのは、子ども一人ひとりが感じていることは、親子でイコールとは限らないということです。
だからこそ今は、コミュニケーションを整え直す、良い機会として受け取ってもらえたらと思います。
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