「今日休んだら、明日は行ける?」という条件付きの取引。
帰宅後の「先生の話は聞けた?」「給食は食べられた?」という親目線の質問攻撃。
学校では「おとなしい子」として静かにプレッシャーに耐え、帰宅後にお風呂でリセットしては3時間も糸が切れたように眠る娘。
当時の私は、それが脳がエネルギーを使い果たして強制終了している『シャットダウン』のサインだとは気づきもしませんでした 。
脳が悲鳴を上げているサインは目の前にあったのに、私は自分の「学校との関係が切れないようにする」という安心を守ることに必死で、娘の「今」を見ているつもりになって全く見えていませんでした。
追い詰めるような言葉、低く冷たい声、そしてため息。
娘の『今』を支えるどころか、私の『焦り』を娘にぶつけ、さらに脳をフリーズさせていたのです。
わが子を育てにくいと悩んでいた当時の私の姿は、まさに無意識の執着にとらわれていたのです。
癇癪を止めようとするほど
親子バトルが長引く子へ
まず指示をひとつ減らして、
子どもの脳が安心して
動ける状態をつくる
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2.行きたいのに動けないのはなぜ?発達障害の子が育てにくいと感じる「脳のシャットダウン」の理由
「学校へ行ってお友達に会いたい」という願いを持ちながらも、玄関で足が止まってしまう。
口から出るのは「面倒くさい」「疲れた」という言葉ばかり。
発達障害がある子どものそんな姿を見て、ママは「やる気がないだけでしょう」「疲れていても学校は行くものなんだから」と、育てにくい苛立ちを感じることもあるかもしれません。
しかし、この時、子どもの脳内では凄まじいエネルギー消費が起きています。
◆①扁桃体が鳴らし続ける危険信号
人間の脳には、不安や恐怖を司る「本能の脳(内側にある扁桃体)」と、理性的な判断をする「理性の脳(外側にある前頭葉)」があります。
発達障害の特性、特に自閉症スペクトラム症(ASD)傾向がある子どもは、この「本能の脳」が非常に過敏です。
学校で「昨日はなんで来なかったの?」といった何気ない言葉も、過敏な脳にとっては「危険信号」のような攻撃として認識されてしまいます。
頭の中の不安を感じるセンサーがずっと警報を鳴らし続けている状態なのです。
◆②ママの「顔」が脳のシャットダウンを決める
ここで重要なのは、子どもの脳の処理の順番です。
脳は、言葉そのものよりも先に、「ママの顔つき」や「声のトーン」を先に感じ取ります。
ママがどんなに正しいことを話していても、顔が不機嫌のようになっていたり、声のトーンが低く冷たくなっていたりすると、子どもの脳は内容を聞く前に「攻撃だ!」と判断してシャットダウンしてしまいます。
◆③言葉にならない「脳内の大渋滞」と脳疲労
「なぜ行けないのか」を言葉にして伝えたい。けれど、複雑に絡み合った不安を言語化する力が追いつかず、頭の中がパニックになっている状態です。
脳は、自分が「わかる言葉」を聞いた時には酸素を消費して発達しますが、パニックで何がなんだかわからない状態では活動が止まってしまいます。
整理しようと考えすぎるあまり、脳は酸素を使い果たし、疲労困憊(脳疲労)に陥ります。
当時の娘の脳は、不安で酸素を使い果たした『脳疲労』の状態でした。
その結果、精一杯のSOSとして絞り出されたのが「面倒くさい」「行きたくない」という短い言葉だったのです。
◆④不登校は「後退」ではなく「脳の急速充電期間」
ここでママが「将来困るから」と理屈で説得したり、「明日は行ける?」と確認したりすることは、動けない自分への否定を強め、自信を消失させる「育てにくい負のループ」を加速させてしまいます。
今、脳疲労の状態にある子どもに必要なのは、説得ではなく「安心」です。
学校を休むことは決して「後退」や「甘え」ではありません。
パンパンになった本能の脳を落ち着かせ、エネルギーを取り戻すための「脳の急速充電期間」なのです。
この「充電」が完了し、脳が再び動かせる状態になったとき、子どもは自ら動き出します。
3.育てにくいのは脳が悲鳴を上げていたから 発達障害のある娘が見せた「魂が抜けたような数時間の睡眠」という限界サイン
「学校へ行きたい」という娘の健気な気持ちを支えようと、私は必死でした。
遅刻、早退、短時間登校、放課後登校……どんなスケジュールにも対応できるよう生活スタイルを整え、全力で支えました。
「すぐ迎えに来てくれる?」という問いに「いいよ」と答えるやり取りを、娘はまるでお守りのようにして登校していました。
一見、笑顔も増えてうまくいっているように見えたとき、私は「頑張れ」と心の中でエールを送りながら、この方法で大丈夫と信じていたのです。
◆①娘の脳が鳴らしていた「限界」のサイン
短時間の登校から帰ると、娘は糸が切れたように2〜3時間の昼寝を必要としました。
それは「寝る」という意思ではなく、脳が疲弊しきって強制終了(シャットダウン)している状態でした。
授業は「暇だ」「わからない」と学習意欲が低下し、家庭でオンライン授業も試しましたが、私の付きっきりでのサポートが必要で親子ともに疲弊していきました。
さらに、環境を整えようと申し込んだ就学相談では、「普通級相当」「通級指導教室対象外」という判定を受けます。
「このままでは何も変わらない」という絶望的な焦りが私を襲いました。
娘のお友達に会いたいという気持ちを大切にしたいけれど、学校という場所が不安を増幅させているという現実を受け入れきれずにいました。
◆②放課後等デイサービス利用を阻んでいた「心のブレーキ」
そんな時、頭をよぎったのが「放課後等デイサービス(放デイ)」という選択肢でした。
しかし、当時の私にとってそこは、非常にハードルの高い場所でした。
診断を受けることへの葛藤:受給者証を取る=わが子にラベルを貼るような怖さがありました。
学校に戻れなくなる恐怖:学校より楽しい場所を知ってしまったら、二度と登校できないのではないかという不安が大きかったです。
放課後等デイサービスのサービス提供時間の縛り:放課後通うところだから、日中でも家から出にくいのに、放課後の時間に学校帰りの子どもたちと一緒に過ごすなんて無理だと決めつけていました。
これらの恐怖や思い込みが、私の行動のブレーキでした。
◆③それは、本当に学校にしかできないことですか?
行き詰まっていた私を救ったのは、発コミュ創始者である吉野加容子さんからの魂を揺さぶるような問いかけでした。
「それは、本当に学校にしかできないことですか?」
この一言で、私の心は震えました。
私は、娘の「脳の安心」ではなく、「学校との接続を維持すること」に固執していたことに気づかされたのです。
発コミュの学びを続けていたはずなのに、知らず知らずのうちに「学校基準」でこだわり続け、娘の脳をフリーズさせていました。
この日を境に、私の子育てはアップデートされました。
無意識に ゴールを「学校につなぎつづけること」にしていたことを自覚してから「娘の脳を使える状態に戻すこと」へと再定義したのです。
娘を学校と家庭内だけで支えようとするのをやめ、外の世界へ広げていく。
これが、発達障害がある子を育てにくいと嘆いていた私が、親子で自立へと向かうための「設計図」を書き換えた瞬間でした。
4.育てにくい毎日が180度変わる!発達障害の子の自立を加速させる「脳の安心」3つの新常識
◆新常識1 ゴール(目的)を書き換える
「学校へ行く」ではなく 「脳が使える状態」を基準にする
発達障害がある娘にとって、何よりも育てにくいと感じさせていたのは、私の『学校基準』の物差しだったのです
「学校へ戻すこと」という物差しを捨て、「娘の脳の安心」を最優先に考えた結果、「日中型の放課後等デイサービス(放デイ)」という選択に辿り着きました。
◆新常識2 「行かせる関わり」をやめ、 安心できる選択肢を増やす
・説得しない
・条件をつけない
・学校以外もOKにする
・本人が選べる余白を作る
以前の私は、 「せっかく準備したんだから」 「少しだけでも行ってみない?」 と、無意識に行かせる方向へ話していました。
けれど娘の脳は、 選ばされるだけで疲弊していたのです。
そこで私は、 先に「行かないと決めても大丈夫」 という逃げ道を自分の中に作りました。
その上で、 放デイの提案を「こんな場所もあるみたい」 「ママちょっと気になるから見てみようかな」 と、選択肢として軽く渡すだけに変えました。
すると娘は、 「じゃあ行ってみようかな」 と、自分から動き始めたのです。
▲▲ 放デイに通いだした後も行くいかないの葛藤の中で選べるようになってきました
◆新常識3 家庭を「脳の回復基地」に変える
・評価より安心
・修正より実況中継
・まず脳を充電する
家庭では、 「できていないことを修正する場所」ではなく、 「脳のエネルギーを回復させる場所」 として関わり方を変えていきました。
以前の私は、 「どうしてできないの?」 「次はどうする?」 と、解決を急いでいました。
けれど、 まずは安心が先だと考え、 「料理してるね」 「動画見ながら調べてるね」 と、見たままを言葉にする実況中継を意識しました。
すると娘は、 評価される緊張から少しずつ解放され、 自分から考えて動く場面が増えていったのです。
5.親子の笑顔が戻った!発達障害のある子その育てにくい毎日を変えた「脳の充電」とはじまり
本人の「安心」を第一にスモールステップで環境を整えたことで、驚くべき変化が起きました。
20ヶ月もの間、朝のバトルに疲弊し、発達障害がある子どもの育てにくい焦りに震えていた日々が、嘘のように塗り替えられていったのです。
脳のエネルギーが溜まった「3つの小さな証明」
娘の敵から身を守ることばかり考えていた脳がやっと一安心できて、成長のためにエネルギーを使い始めた変化の記録をご紹介します。
◆証明1.自発的な考動(自己効力感の芽生え)
あれほど疲れ切ってフリーズしていた娘が、自ら朝起きて準備をし、楽しそうに朝の予定時間に放デイへ通所するようになりました。
今では自分でお弁当まで作るようになり、「自分のことは自分でやる」という自立の芽が育っています。
◆証明2.脳のエネルギー回復とアウトプットの激増
脳が「わかる・安心できる」状態で酸素を使い始めたことで、YouTubeで見た料理を自ら再現して家族に振る舞うこと、見たこと感じたことをスケッチブックに表現することなどのクリエイティブな活動が激増しました。
この「できた!」という事実と家族からの感謝が、次の行動へつながっています。
◆証明3.トラブルを乗り越える「客観的な視点」
放デイでの友人トラブルに対しても、感情に飲み込まれず「あの状況はカオスだった」と客観的に振り返ることができました。
無理に説得せず、娘の感情を整理する時間を守ること、言葉で表現できるようになったおかげで、自ら「また行く」と立ち上がる強さが生まれました。
▲▲放デイの自由参加イベント(山登り)に参加しました
ママの執着を手放せば、子どもは自走し始める 学校という枠に無理に合わせようとして脳を疲れさせてしまうよりも、その子が「安心」できる場所を整えることの方が、自立や学びはずっと加速します。
学校の外にも、その子が輝ける「育ちの場」は必ずあります。
けれど、そこへ踏み出すためにはまず家庭を「安心できる場所」に変えることは絶対に欠かせません。
学校の外に居場所を作るという「大きな設計変更」は、すぐには難しいかもしれません。
けれど、娘が自ら料理を始め、自立へと動き出した最大の理由は、放デイという場所のおかげだけではありません。
一番の鍵は、私が「学校へ行かせること」という物差しを捨て、家庭を「脳のエネルギーを充電できる安心できる場所」に作り替えたことにあります。
今の生活を大きく変える勇気がまだ持てなくても大丈夫です。
まずは今日1日だけ、お子さんの「できていないこと」を見る物差しを、そっと横に置いてみてください。
そして、お子さんが何かに没頭している姿を、評価も判断もせず、ただ「〜してるね」と見たままを言葉にすることから始めてみませんか?
この一見小さな「肯定の注目」が、パニックで動けなくなっていた脳に「ここは安全だよ」という強烈なメッセージを届け、自走するためのエネルギーを充電し始めます。
かつての私のように、不登校を後退だと感じ、発達障害がある子を育てにくい焦りに震えているママへ。
学校の外にも、その子が輝ける「育ちの場」は必ずあります。
ママが「安心の設計図」を描き直す勇気を持つこと。それが、親子の笑顔を取り戻すための、確実なはじまりになるはずです。
よくある質問
Q1.発達障害がある子どもが学校へ行きたくないと言ったら、休ませても大丈夫ですか?
A1. 発達障害がある子どもが「行きたくない」と言う時は、怠けではなく脳疲労のサインである場合があります。無理に登校を続けるよりも、まず脳が安心してエネルギーを回復できる状態を整えることが大切です。脳の充電が進むと、子どもは少しずつ自分から動き始めます。
Q2.学校以外の居場所を作ると、学校へ戻れなくなりませんか?
A2. 私もそう思っていました。しかし実際には、「学校しかない」と追い詰められていた時の方が娘の不安は強くなっていました。安心できる居場所が増えることで心の余裕が生まれ、自分で選んで行動する力につながっていきました。
Q3. 家庭を「脳の回復基地」に変えるには何から始めればいいですか?
A3.まずは「できていないこと」を指摘する回数を減らし、「料理してるね」「調べてるね」など、見たままを言葉にする実況中継から始めてみてください。安心できる環境が整うことで、子どもの脳は少しずつ回復し、自分から考えて行動する力が育っていきます。
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執筆者:まつもとゆうこ
発達科学コミュニケーションアンバサダー
幼稚園の頃、娘の登園しぶりに悩み、「どうしたら娘はみんなと同じようにできるようになるんだろうか」と困り果てていました。
声をかけても動かず、さらに癇癪が起こり、 行かせようとするほどギスギスする毎日でした。
そんな中で出会ったのが、 発達科学コミュニケーションの関わり方です。
子どもを変えようとするのではなく、 親の見方や関わり方を変えることで、 子どもが動き出すことを実感しました。
その結果、 娘は自分の気持ちを話せるようになり、 自分で選び行動できるようになりました。
笑顔で卒園したものの、 小学校入学後は環境の変化に対応できず、 再び行き渋りから不登校を経験しました。
現在も、うまくいく日といかない日を繰り返しながら、 娘を無理に動かそうとする関わりではなく、 娘が自分で選び動ける関わりを見直しながら向き合っています。
年齢とともに悩みは変化しますが、 関わり方をアップデートし続けることで、 娘は変わることを実感しています。
かつての私のように悩むママが、 「関わり方を変えれば子どもは変わるかもしれない」 そう思えるきっかけを届けたいと思い、発信しています。