育てにくいのは、子どもへの関わり方を知らなかったからでした!抜毛症から始まった、SNSサイン で境界知能が判明した娘さんとは、学校トラブルはありませんでしたが、宿題バトル、中学受験で 親子関係が悪化してしまいました。親子関係メソッドで学ばれた、Mさん親子のストーリーです。
自分のことが「可哀想」と思い、娘に対して「普通の子なら良かった」と思ったこともありました!
♦︎抜毛症から始まった子育ての不安
娘は小学1年生の夏休みからまつ毛の抜毛を始めるようになりました。 2学期には両目の全てのまつ毛が無くなっており、夜な夜なネットで調べては抜毛症なのかも・・と不安になりました。
スクールカウンセラーさんに相談後、発達検査を受け、娘は境界知能と判明しました。
学習のストレスで抜毛をしているのではないかとの話しでした。
夜になるとまつげを抜きたくなるようで、手遊びをしたり、娘が完全に寝入るまで見張るような日々でした。
100均のつけまつげを購入し、抜きたくなるとそれを代わりに渡しました。
そしてそれは小学3年生頃まで続いたのです。
♦︎せめてこれくらいしてほしい!の気持ちが強くて起きていた、宿題バトル
娘が小学生の間の宿題バトルはすざましいものでした。
「境界域」で学習に苦手さがある分、宿題やテストのお直しを娘がどれほど嫌がっても、必ず家庭で仕上げていきました。
そして、せめて鉛筆くらいは美しく持って欲しい、字くらいは綺麗に書いて欲しい、という気持ちが強く注意ばかりしていました。
娘は怒りっぽいうえに、衝動性もありました。
自分のしたい事が通るまで何度でもしつこく親にせまり、何回も同じことを言わなければなりませんでした。
そんな娘に対し、私はイライラすることが多く、大声を出してヒステリックに対応することがしばしばありました。
今ならわかりますが、これらの否定の注目が娘の暴言と暴力に発展する原因だったのです。
「死ね!」と一日に何回も言われ、私の腕や手の甲には爪やシャーペンの先でひっかかれた傷が常にありました。
突き飛ばされて足で踏みつけにされたこともあります。
「本当に自分はいない方がこの子の為にいいんじゃないか」と悩みました。
この時の私は自分が「可哀想」と思い、「普通の子なら良かった」と思ったこともありました。
抜毛・暴言・暴力が二次障害で、娘のSOSとは思いもよらなかったのです。
親子関係をさらに悪化させていった中学受験
境界知能の娘のことを考えると高校受験は厳しいものになるだろうと判断し、中学受験をすることにしましたが、それが親子関係を更に悪化させていきました。
家族仲が悪く、いつも誰かが不機嫌でした。
学習は塾に任せたことで暴力は落ち着いていたものの、子どもとまともに会話ができない事にジレンマを感じていました。
こちらがアドバイスをすると「ママはポジティブすぎる」と言われるばかりで、何がいけないのか自分でもわかりませんでした。
どうすれば娘と普通に会話が出来るようになり、家族が仲良くなるんだろうか、ということばかり考えており、友達や医師や行政の福祉科に相談しても解決せず、孤独は深くなっていきました。
中学受験が終わり、娘は比較的安定してはきていましたが、親子関係は良いとはいえない状況でした。
また、小学1年生で抜毛があったので、中学1年生ではどうなるのだろうと不安が募っていました。
そんなある時、ネットで発コミュのことを知り、宮田先生のホームページにいきついたのです。
暴力×癇癪×二次障害×思春期×過干渉 我が家のことのよう 偶然見つけた宮田との出会い
暴力×癇癪×二次障害×思春期×過干渉のワードを見た時に我が家のことのように思えました。
個別相談では娘の暴言・暴力・まつ毛の抜毛が二次障害だったことを教えてもらいました。
二次障害とは何かということ、対応をしなければ形を変えて繰り返すということを初めて知りました。
自分は、知識不足なのだと気が付きました。
宮田先生は終始笑顔で話しやすく、ご自身がとっても大変な辛い経験をされているのにもかかわらず、もうすっかり抜け出されている様子が伝わってきました。
発コミュは効果がありそうだと感じました。
これまでは娘を変えよう変えようとしていましたが、今度は自分が変わる番!と強く思うようになり、講座受講を決断したのでした。
衝撃的だったレクチャー1と子どもへの関わり方
レクチャー1を受講した時は衝撃的でした。
肯定10対否定0
これまで、娘を褒めていたこともあったのに伝わっていなかったのは、否定の注目は割増しして伝わるからということを知りました。
レクチャーを受講してからは、肯定の注目を増やしていきました。
特に私は娘が小さい頃から大きな声で指示を出し、早口で話すことが多かったので、静かな声でゆっくり話すということに意識を向けていきました。
アイメッセージで話すようにしました。
アドバイスはせず、娘が話し終わるまで聞き役になることを心がけるようにしました。
過保護と過干渉の違いがはっきりとわかったので、なるべく娘の要望に応えるようにしました。
なるべく「待つ」ということを心がけました。
ある夜、娘が学校に行きたくないというので、カウンセリングをしてみました。
「他には?」「そっか〜」などの言葉を使い、ずっと聞き役に徹したところ、どんどん話してくれて、私にとってもカウンセリングの成功体験を味わうことができました。
小言など、否定の注目を完全に取り払うことは難しく、それらが残ったままでも娘との1対1の関係は大切にするようにしました。
なぜなら、私は娘が小さい時から自分の休憩時間に側に来て一緒に遊ぼうとする娘を追い払っていたという経験があるからです・・・。
愛着関係を作り直すつもりで日々模索していきました。
そして、行きつ戻りつしながら数ヶ月経った頃、ふと気がついてみると
・ 発コミュを始める前の私の希望、子どもと会話できるようになった。
・ 子どもの目がキラキラに戻ってきて、笑顔が増えた。
・ 「死ね」などの暴言を言われても、スルーするか「あと35年待ってね」とユーモアで返せるようになった。
まだまだ課題はありますが、今ではもう「自分が可哀想」「普通の子だったらよかったのに」とは全く思っていません。むしろ、娘の方が「可哀想」だったのです。
育てにくいと感じていたのは、子どもへの関わり方を知らなかったからなのだと今ならわかります。
自分がここまで思えるようになったのは、数ヶ月の間、宮田先生が一緒に伴走してくれたこと、遠慮と躊躇なく相談できたこと、レクチャーを受講して知識を得て実践していること、そして一緒に受講したお母様方の存在があったからこそです。
どうすれば彼女の脳を伸ばせるかを考え、諦める当たり前から突破してみたい気持ちが湧いています
今、中学1年生の娘は夏休み明けから不登校になっています。
・ 時間があるので、家で沢山一緒に遊び、会話をするので、彼女への理解が深まりつつある。
・ 娘は今まで蓄積していたネガティブな感情を吐き出すようになった。
・ 子供が不登校でも、「まあ、なんとかなるか」と思えるようになってきている。
現在は、家でどうすれば彼女の脳を伸ばせるか、ということに意識を向けるようにしています。
発コミュを深めて実践し、発達の知識を増やして、娘の成長に役立てたいと考えています。
発コミュを受講していなければ、こうは思えず未だに娘を変えようとしたり、否定の注目ばかりしていたことでしょう。
それから、今までの自分は衣食住整っていて、時々レジャーがあればそれで十分でした。
したいことは一杯あっても、全部叶えられるわけがないし、自分には親・夫・子のことがある。
諦めることが当たり前でした。
でも今は、そこを突破してみたい、そういう気持ちになっています。
こんな気持になれたのも発コミュを受講したお陰だと思っています。
様子を見る、ネットサーフィンいつまで続ける?
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