娘の顔が、ギュッと引きつる。
左手をブンブン振りながら、
「き、き、きょうね……」
と話し始める。
その瞬間、
私の頭の中には、
「そんなに力入れないで」
「ゆっくり優しくしゃべってごらん」
が浮かびます。
言いたい。
今すぐ何とかしてあげたい。
けれど、
吃音に口出ししては
いけないことは
言語聴覚士の私が
一番よく知っていました。
だから私は、
娘に何も言わない代わりに、
背中を向けていました。
娘がどもる姿を
視界から消していたんです。
見ていると、
口出ししたくなる衝動に
かられるから。
娘が話し終わるまで、
ただ、やきもきしながら
待っていました。
あの頃の私は、
それで
「吃音には正しく
対応できている」と
思っていました。
ところが。
娘が話し終わった途端、
私はまた、
いつもの私に戻ります。
「汚れ物、洗濯かごに入れてね」
娘が歩いていく。
床には、
さっき脱いだ靴下。
それが目に入った瞬間、
「その靴下も一緒に
持っていってよ!」
食事をすれば、
「ちゃんとご飯見て食べて」、
お風呂では、
「耳の上、まだ洗えてないよ」、
保育園の支度では、
一つ持ってきて、
また一つ取りに行く娘に、
「なんで一気に
持ってこないの?」
吃音には口出ししない。
だけど、
生活の中では毎日、
「もっとこうして」
を言っていました。
だって、
その方が娘のためだと
本気で思っていたからです。
どもる子だからこそ、
他のことはできることを
増やしてあげたい。
困らないようにしてあげたい。
ちゃんとできるように
教えてあげたい。
ところが、
少しずつ娘に
妙な変化が出てきました。
保育園の支度を、
私に見られないように
隠れてするようになりました。
お箸で食べるとこぼして
注意されることが
多かったからなのか、
逆に手で食べることが
増えました。
そして、
たくさんどもった時には、
途中で話すことそのものを
やめるようになりました。
私のことは、
誰よりも大好き。
何かあれば、
「ママー!」
だった娘です。
なのに、
“ママに見せない方が
いい自分”
が少しずつ増えていきました。
私は、まだ
そこに気づいていませんでした。
「吃音への対応」と、
「普段の子育て」は、
別物だと思っていたからです。
だから、
吃音には最後まで話を聞く。
私はゆっくり話す。
それさえ守っていれば、
日常でどれだけ小言を言っても
関係ないと思っていました。
そんな私が、
変わったきっかけは、
娘がとうとう、
ことばで話さず、
ジェスチャーだけで
伝えることが増えた時でした。
私の優先順位が
「どもらせない」
よりも、
「どもってもいいから
なにかしゃべって」
に変わって、
私の小言がなくなったんです。
なぜかというと、
当時の私の一番の気がかりが、
「どうしたら、この子が
思わず私に話したくなる?」
になったから。
娘を笑わせる。
娘が食いつきそうな話をする。
娘の好きなことを見つけたら、
そこから会話を始める。
娘を直す暇がなくなったんです。
すると、少しずつ、
娘がまた話し始めました。
そして、以前とは、
話の中身が
変わっていました。
「私、お箸が下手なんだよ」
「これ、この順番でいい?」
上手にできないことを
気にしている話を
はじめました。
この子は私のことばを
ちゃんと受け止めていた。
むしろ、気にしていた。
その結果、娘の脳には、
私が思っていた以上に
負荷がかかり、
吃音も増えやすくなって
いたのかもしれない、
と気づきました。
私が見る場所を変えたら、
娘は、できない自分を、
私に隠さなくなっていきました。
なんでも笑いに変える私に対して、
「ママは、もう怒らない」
と思ったようでした。
全部、あとから気づいたことですが、
私が娘に毎日渡すべきだったのは、
「もっとこうするといいよ」
という正解じゃなかった。
先に必要だったのは、
「できなくても、
ママには話して大丈夫」
という関係だったんです。
吃音をよくしたいと思うと、
つい、
「何をしたらいい?」
「どんな声かけがいい?」
「どんな方法ならよくなる?」
と、
“いい方法”を探したくなります。
私もずっとそうでした。
だけど、子どもが、
失敗したことも、
できなかったことも、
恥ずかしかったことも、
何でもママに話せる。
そこができて初めて、
その子が本当に困っていることも、
今どこでつまずいているのかも、
一緒に考えられるようになります。
だから今の私は、
吃音をよくしたいママに、
最初に一つだけ伝えたい。
教えることを増やす前に、
「もっとこうして」を
減らしてみてください。
子どもが、
正しく話せることより先に、
「ママには何でも話せる」
親子をつくる。
私は、
そこから娘との子育てを
やり直しました。


