先日、あるドラッグストアの駐車場で、
車から降りたときのことです。
隣のアパートから、
火がついたような
子どもの激しい泣き声が聞こえてきました。
あまりの泣き方に、
「これ、大丈夫かな」
「ただ事じゃないんじゃない?」
一瞬、通報した方がいいのかと考えました。
そのとき、
突然、昔のことを思い出したんです。
あれっ?
うちの子たちの泣き声、
こんなもんじゃなかったな。
毎日のように、
もっとすごかったかもしれない。
そして、もう一つ思い出しました。
あの頃、
なぜか警察官が何度か家に来ていたこと。
「近くまで来たので、立ち寄りました」
そんな感じで、
家族構成を聞かれたり、
家の様子を確認されたりして、
帰っていかれました。
当時の私は、
「なんだったんだろう?」
くらいにしか思っていませんでした。
けれど先日、
あのアパートから聞こえる泣き声を聞きながら、
もしかしたら、
今日の私と同じように、
「この家、大丈夫?」
「子どもに何か起きているんじゃない?」
そう心配した誰かが、
連絡してくれていたのかもしれない。
今になって、
そんなことに気づきました。
あの頃の私は、
フルタイムのワーママでした。
仕事をして、
家事をして、
子どものこともちゃんとやらなきゃと思って、
毎日とにかく必死。
そしてよく言われました。
「子どもとの関わりは、時間の長さじゃなくて密度だから」
そうなんだ。
じゃあ大丈夫。
仕事をしていて一緒にいる時間が短くても、
密度を高くすればいいんだ。
そう思いたかった。
だけど、誰も教えてくれなかったんです。
じゃあ、
密度の高い関わりって何?
一緒にいる時間に
いっぱい話せばいいの?
ちゃんとしつければいいの?
短い時間だからこそ、
たくさん教えればいいの?
褒めればいいの?
遊んであげればいいの?
私は分かりませんでした。
だから、
限られた時間の中で、
なんとか子どもをちゃんと育てようとして、
「早くして」
「片づけて」
「ちゃんとやって」
「何回言ったら分かるの」
一緒にいられる短い時間に、
しつけも、
教育も、
生活習慣も、
全部詰め込もうとしていました。
結果、子どもは泣く。
私は怒る。
さらに子どもが荒れる。
そんな毎日になっていました。
子どもとの時間が足りなかったからではなかったんです。
私は、限られた時間の中で、子どもの脳に何を届ければいいのかを知らなかった。
それだけでした。
発コミュを学んで分かったのは、
親子の時間の密度を高くするって、
たくさん教えることでも、
たくさん遊ぶことでも、
ずっと優しくしていることでもないということ。
短い時間でも、
「ママは自分を分かってくれている」
「このままの自分で大丈夫」
「話しても否定されない」
そんな安心が
子どもの脳に積み重なる関わりをすること。
そこが土台になると、子どもはママの言葉を聞けるようになる。
本音を話せるようになる。
そしてママも、
子どもの言動に振り回されるのではなく、
「この子は今、何に困っているんだろう」
と考えられるようになる。
あの頃の私が欲しかったのは、
「もっと子どもとの時間を作りましょう」
でも、
「時間より密度ですよ」
でもなかった。
その密度を、どうやってつくればいいのか。
今日の、この5分で、何をしたらいいのか。
そこまで詳しくわかりやすく教えてくれる人が
欲しかったんだと思います。
もし今、
仕事から帰って、
ご飯を作って、
宿題を見て、
お風呂に入れて、
気づけばまた怒って一日が終わる。
そんな毎日の中で、
「もっとちゃんと子どもと向き合わなきゃ」
と自分を責めているママがいたら、
時間を増やすことから
頑張らなくても大丈夫です。
今日まず一つだけ。
子どもが何か話したとき、
すぐに教えたり、
直したりせず、
「そう思ったんだね」
と、そのまま受け取ってみてください^^
たった数秒でも、
子どもにとっては、
「ママが自分を分かろうとしてくれた時間」
になります。
根性で頑張らないくていい。
意図的に戦略的に順番に安心を積み重ね、脳を育てることができる!
「密度」は脳科学で再現できるよ^^
私は今なら、
あの頃の自分に
そう教えてあげたいと思います。


