今日は、
凸凹がある子だからこそ起こせる
「大逆転の爆発」について、
わが家の3人の子どもの話を
させてください。
わが家の長女と次女は、
小学生の頃、
発達の凸凹に理解が深く
ポジティブに関わってくださる先生に
出会うことができました。
できないことより、
できていること。
苦手なことより、
その子なりに頑張っていること。
そこを見て、
肯定してくれる先生方でした。
だから私は今、
2人はあの時、
「潰されずに済んだ」
と思っています。
自信を失いきらずに
済んだんです。
だけど、
息子には
その偶然が起きませんでした。
「黒板をちゃんと写しなさい」
「調子に乗るな」
認めてもらいたくて
一生懸命手をあげても、
「あなたは一番じゃないんだから」
そう言われて、
打ち砕かれました。
「学校なんか行きたくない!」
玄関で泣き崩れる。
漢字練習帳も、
自主学習帳も、
毎日のように
ダメ出しが返ってくる。
通知表の生活面には
「もうすこし」が並ぶ。
学校が嫌い。
勉強も嫌い。
運動も含め、
「これが得意!」
と言えるものも
見つけられなかった。
私は本気で、
「この子は何を強みにして生きていくんだろう」
と思っていました。
このまま、
「どうせ俺なんて」
って思いながら
大きくなってしまったらどうしよう。
そんなことまで
考えていました。
そんな時です。
次女の問題をきっかけに、
私が発コミュを学びました。
そこで初めて、
私は息子を
変えようとするのをやめました。
字をきれいに書かせる。
ちゃんと座らせる。
もっと頑張らせる。
忘れ物をなくさせる。
そんなことばかり
見ていた私が、
「この子は今、何ができている?」
を見るようになりました。
宿題を5分で終わらせても、
「雑!」
ではなく、
「終わったね」
本当に、
そんな小さなところからでした。
さらに学校にもお願いして、
家だけではなく、
学校でも、
息子のできているところを
見てもらえるようにしました。
すると
次女のために始めた発コミュだったのに、
一番先に
大きく変わったのは息子だったんです。
毎日のようにあった
担任の先生からの電話が来なくなりました。
テストで
100点を取るようになりました。
そしてある日、息子が普通の顔で、
「俺、天才ですから!」
って言ったんです。
私は、
あの言葉が
今でも忘れられません。
だって、
少し前まで私は、
この子には
強みがないんじゃないかと
本気で思っていたから。
家では相変わらず、
宿題は
汚い文字で5分くらい。
終わった瞬間、
約束していた友達のところへ
飛び出していく。
そんな子です(笑)
だけど、
自分を信じ始めた息子は、見違えるように生き生きとして
6年生になる年、
自分から
「受験したい!」
と言い出しました。
そして塾に入り、
半年で
偏差値を20上げました。
私はこれを、
息子の
大逆転の爆発
だと思っています。
新しい才能を
手に入れたわけではありません。
もともとこの子の中にあったものが、ずっと出せなくなっていただけ。
否定されることが減って、
「できている自分」を
自分でも感じられるようになって、
やっと、
持っていた力が
外に出始めた。
私はそう思っています。
だから、
今、学校が嫌いでも、
勉強が嫌いでも、
自信をなくしていても、
「もう遅い」なんて
思ってほしくないんです。
発達凸凹の子は、
苦手なところが
目立ちやすい。
だから、
周りの大人から
「できていない」
をたくさん受け取りやすい。
けれど、
関わる大人が見る場所を変えると、
子ども自身が
自分を見る目も変わっていきます。
「どうせできない」
から、
「もしかして俺、できるかも」へ。
私は、
この変化が起きた時の
凸凹の子の伸び方は、
本当にすごいと思っています。
長女と次女は、
たまたま
伸ばしてくれる先生に出会えました。
息子は、
出会えませんでした。
だからこそ私は、
子どもの未来を
「どんな先生に当たるか」
という偶然だけに
任せたくないんです。
先生が変わらなくても、
学校がすぐに変わらなくても、
ママが、
この子の脳が伸びる見方と
関わり方を知っていたら、
家から
流れを変え始めることができる。
そして、
必要なら学校も巻き込んでいける。
私は、
それを知っているママを
日本中に増やしたいんです。
発達凸凹があるから、
勉強が嫌いだから、
今うまくいっていないから、
この子の可能性まで
小さく見積もらなくていい。
今、
「この子には何があるんだろう・・・」
と絶望的に思っている子ほど、
まだ私たちが見つけられていない力を
持っているのかもしれません。
息子が教えてくれました。
一度、自信を失った子だって、
ここから大逆転できる。
だから私は、
ママにも、
未来を生きる子どもたちにも、
何も諦めてほしくないんです。


