自分のルーツを知りたい子どもの気持ちと、親子の信頼関係
ある受講生さんから、
こんな相談を打ち明けられました。
離婚してから、
一人で二人のお子さんを育ててきた
シングルマザーのお母さんです。
離婚に至るまでには、
言葉では簡単に表せないほど
いろいろなことがありました。
幼かった子どもたちを守るために、
元夫とは会わせないという選択をし、
写真や思い出も、
子どもたちの目に触れないようにして
ここまで育ててきたそうです。
そして子どもが成長した今、
「お父さんって、どんな人だったの?」
「写真はないの?」
と聞かれるようになりました。
写真を見せてもいいのでしょうか。
今、この子に
どこまで話していいのでしょうか。
そんな相談でした。
親には、親にしかわからない事情があります
私はこれまで、
シングルマザーとして、
一人で子育てを頑張っているお母さんたちに
たくさん出会ってきました。
離婚に至るまでの事情は、
家庭によってまったく違います。
子どもを守るために
離れる決断をした人もいます。
自分自身が深く傷つき、
その出来事を思い出すことさえ
苦しい人もいます。
話し合いが
できる状態ではなかった。
相手が子どもに
何を言うかわからなかった。
生活そのものを守ることで
精一杯だった。
そんな中で、
「今は会わせない」
という選択をした親もいます。
親になった今の私は、
子ども側の気持ちだけでは
語れないことがあると感じています。
その時の親には、
その時の親なりの
守り方があったのだと思います。
私は「知りたかったけれど、聞けない子ども」でした
この相談を聞いて、
私は自分の子ども時代を思い出しました。
私自身、
ステップファミリーで育っています。
幼い頃に両親が離婚し、
産みの母そのものの記憶は、
ほとんどありません。
私の一番古い記憶は、
新しいお母さんが
家に来た3歳の頃のことです。
そして小学生の頃、
家の中で
昔のスナップ写真を見つけました。
そこには、
母が写っていたと思われる部分だけが
切り取られた写真が何枚もありました。
誰も、
母について話してくれませんでした。
新しいお母さんがいる中で、
父に
「私のお母さんって、どんな人だったの?」
と聞くこともできませんでした。
今のお母さんを傷つけるかもしれない。
父にも、思い出したくないことが
あるのかもしれない。
子どもなりに、
そんな空気を感じていたのだと思います。
私は、
親を恨んでいたわけではありません。
父が苦労していたことも、
大人になった今はわかっています。
それでも、
ずっと心に引っかかっているものが
ありました。
自分のことなのに、
自分だけが知らない。
大人たちは知っているのに、
誰も話してくれない。
「どうして?」
という気持ちです。
母がいないことそのもの以上に、
聞きたいことを
聞いてはいけないように感じることが、
私には苦しかったのだと思います。
「知りたい」は、今の家族への否定ではありません
親が離婚したあと、
子どもから
「会ってみたい」
「写真が見たい」
「どんな人だったの?」
と言われると、
育ててきた親には
複雑な気持ちが生まれることも
あると思います。
けれど、
子どもの「知りたい」は、
今の家族への否定とは限りません。
「私はどこから生まれたんだろう」
「どんな人とつながっているんだろう」
「私と似ているところはあるのかな」
それは、
自分自身を知るための問いでもあります。
自分のルーツを知りたいことと、
今の家族を大切に思うことは、
両立します。
知りたいからといって、
会いたいとは限りません。
子どもは、
育ててくれた親を否定したいのではなく、
自分自身について
知りたいだけなのかもしれません。
「隠さない」と「全部話す」は違う
だからといって、
離婚の経緯を
何もかも一度に話す必要は
ないと思っています。
子どもの年齢も違えば、
今の心の状態も違います。
まだ子どもが背負わなくてもいい
大人同士の問題もあります。
だからこそ、
「隠さないこと」と、
「全部話すこと」は
分けて考えていいと思っています。
たとえば、
「写真はあるよ」
「こういう人だったよ」
「あなたが小さい頃は、こんなことがあったよ」
まずは、
今の子どもが受け取れる事実から。
もっと知りたいのか。
今はそこまででいいのか。
子どもの反応を見ながら、
少しずつ伝えていく。
そして、
親の解釈まで
子どもの答えにしなくてもいい。
事実は事実として伝え、
本人にしか確かめられない気持ちは、
そのまま残しておく。
私はそれも、
子どもが自分で考えていくために
大切なことだと思っています。
「知りたい」と言える親子を、私は羨ましいと思った
昨年、父が亡くなったとき、
私は初めて伯母から
産みの母についての話を聞きました。
何十年も知らなかったことでした。
話を聞きながら、
子どもの頃から
自分の中に残っていたいくつもの点が、
少しずつ線になっていくような
感覚がありました。
そして、同時に、
なぜ私は今、
発達科学コミュニケーションを通して
親子の関係を立て直すことに
これほどこだわっているのだろう。
その理由にも、
少し納得ができました。
今回相談してくださった
お母さんのお子さんは、
「写真はないの?」
「どんな人だったの?」
と、
お母さんに聞くことができました。
その話を聞いた時、
私は正直、
そんな親子でいられることを
羨ましいなと思ったんです。
知りたいことを、親に聞ける。
自分の中にある疑問を、言葉にできる。
そしてお母さんも、その問いを閉じずに、
「この子にどう伝えよう」と考えている。
少なくとも、あの頃の私には
できなかったことでした。
私は、
知りたくなかったわけではありません。
聞きたいことが
なかったわけでもありません。
聞けなかったんです。
だから私は今、
「知りたい」
「聞きたい」
「本当はどうなの?」と、
子どもが安心して言える親子関係を
大切にしたいと思っています。
過去にした選択を、
今になって裁く必要はないと思います。
あの時は、あの時の親が
その時できる方法で
子どもを守ろうとした。
そして今、
子どもが成長して
「知りたい」と言えるようになったのなら、
今の親子に合う関わり方を
また選び直していけばいい。
親子の関係は、
一度決めた答えを
ずっと守り続けることではありません。
子どもの成長を見ながら、
今なら何を話せるだろう。
今、この子には
どんなふうに伝えよう。
そうやって、
関わり方を選び直すことができます。
子どもを親の思い通りに動かすのではなく、
何かあった時に、
「この人には話しても大丈夫」と
思える関係をつくる。
そして親も、
過去の痛みや不安だけに左右されず、
今、目の前にいる子どもを見ながら
どう関わるかを考え、選べる。
それが、
私が発達科学コミュニケーションを通して
親子の関係を立て直すことに
こだわる理由です。
もし今、
「何を言っても届かない」
「もう普通に話すことさえ難しい」
と感じているなら、
親子の信頼関係を取り戻すための
“はじめの一歩”をまとめています。
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