思春期の子どもが学校に行けなくなると、「スマホのせいでは?」と感じるご家庭は少なくありません。
特に行き渋りを経験している家庭では、暴言や暴力に発展するケースもあります。
「スマホさえなければ、うちはこんなことにならなかったと思うんです。」
そうおっしゃるお母さんに、何度も出会ってきました。
・スマホを取り上げた瞬間に怒鳴られ、物を投げられ、取っ組み合いになった。
・力も強くなってきている。
・きょうだいも怯えている。
・家の中が常に張りつめている。
・スマホがにくい、と感じてしまうほど追い詰められている。
その気持ちは、とても自然です。
実際、スマホがきっかけで荒れているように見えます。
けれど、ここで一度だけ立ち止まってみると、本当にスマホが“始まり”だったのでしょうか。
振り返ると、小さなサインはありませんでしたか?
中学生になって急に崩れたように見えても、幼少期から小さなサインが出ていることは少なくありません。
・朝がつらかった。
・行き渋りがあった。
・集団に入ると疲れやすかった。
・癇癪が強かった。
あるいは逆に、
・何でも親の言うことを聞く子だった。
・成績も良く、習い事も頑張っていた。
・期待に応え続けてきた。
けれど思春期に入り、勉強の難易度が上がり、人間関係が複雑になり、周囲との差が見え始める。
それまで“何とか保っていたもの”が、保てなくなることがあります。
そのタイミングで、スマホがある。
だから、スマホに逃げ込む。
スマホは突然の原因ではなく、積み重なったしんどさの「出口」になっていることがあるのです。
行き渋りから始まり、思春期に入り、暴言や暴力に発展する。
その背景をスマホだけで説明することは難しいのです。
なぜ取り上げると、さらに荒れるのか
スマホを取り上げると、一瞬静かになることがあります。
ですが、子どもの中には「奪われた」「わかってもらえなかった」という感覚が残ることも少なくありません。
怒りは神経の反応です。
強い怒りを感じた経験が増えると、脳は次の怒りも拾いやすくなります。
すると、ほんの些細なことでイライラが強まる。
常に怒っている状態は、本人も苦しいものです。
そして、その空気の中で過ごす家族も、想像以上に疲れていきます。
問題はスマホそのものではなく、怒りが積み重なる構造にあるのかもしれません。
思春期は、想像以上に神経を使っている
思春期の子どもは、学校で気を張り、友達との距離を探り、SNSで常につながり続け、家に帰っても気が休まらないことがあります。
「学校は好き」と言っていても、勉強がしんどい場合もあります。
できない自分を見たくない。期待に応えられないのが怖い。
そうした気持ちをうまく言葉にできないまま、抱え込んでいる子もいます。
その状態で、唯一の逃げ場になっているものを急に断たれたとき、強く反応するのは自然なことでもあります。
では、どう考えればよいのでしょうか
制限をなくせばよい、という話ではありません。
ルールは必要です。
けれど、理解より先に制限が来ると、対立が強まることがあります。
順番を少しだけ見直してみる。
まずは「何がこんなにしんどいのか」を一緒に整理する。
その上で、家庭の安全を守るためのルールを再設計する。
理解 → 安心 → 構造 → ルール
この順番が整うと、対立の激しさは少しずつ下がっていきます。
ルール作りはなんと最後なことにお気づきでしょうか?
学校に行けない理由がスマホだけなのかどうか、まずは構造から整理することが大切
スマホを悪者にしたくなる気持ちは、追い詰められている証拠です。
けれど、スマホのせいにしている間、子どもの本当のしんどさは見えにくくなります。
もし今、暴言や暴力が増えているなら、それは「反抗」ではなく、神経が限界に近いサインかもしれません。
学校に行けない理由がスマホだけなのかどうか、まずは構造から整理することが大切です。
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